深夜の松葉寮、今夜ばかりは就寝時間オーバーも容認と、いつもは口煩い渋沢も加わり、寮母さんからも何も咎められることなく談話室は盛り上がる。
「5、4、3、2…」
アナログ壁掛け時計の3本の針が1つに重なる瞬間に向かってカウントダウンが始まった。次の瞬間、その隣に掛けられた日めくりカレンダーが豪快に破られて14の数字が覗き。始まったばかりの今日1日限りの主役となったは輪の中心で、ちょっと乱暴で盛大な祝福を受ける。
boiler
「、」
一通りのメンバーに手荒い祝福をされ、ふらつく頭を抱えて眠りに落ちかけていたところで肩を突付かれた。振り返るとすぐ目の前に藤代の顔があって驚く。
「なに?」
「ちょっと抜け出そ」
誕生日祝いもピークを過ぎればただの騒ぎ、主役が誰かも忘れられ周りは勝手に盛り上がっている。藤代と手を引かれたが壁伝いに部屋を出ても誰も気に留めることはなかった。もっとも、公認カップルである2人のことなので話の分かるメンバーは目を瞑ってくれたのかもしれない。
藤代に引っ張って連れて来られたのは彼の部屋だった。心配するをよそに、ルームメイトは談話室で騒いでたから大丈夫と藤代は半ば強引に引き入れる。鍵掛けといて、と言って藤代が先に部屋に上がって明かりを点けカーテンを閉めた。言われた通りドアを閉めて鍵を掛けたが振り返ると、藤代は備え付けのベッドの上で胡坐をかいて、こちらに向かって手招きをしている。
鼻で溜息を吐いたは引っ掛けてきたサンダルを脱ぎ、引き摺った足でフローリングを滑ってベッドの淵に腰掛けた。藤代と少し間を空けて座ったら、向こうからずりずりと距離を縮めて右横から腕を回される。
「14歳のを初めてだっこ」
「そりゃめでたい」
談話室では全く離れた所に座っていたから確かにそうだ。自分は考えもしなかったけれど。呆れ笑いを浮かべていたら左の頬に手を添えられて、首を90℃ぐりっと回される。
「初めてキス」
「はいはい」
遊びに付き合うように目を閉じると慣れた感覚が重なった。最初に下唇に噛み付くのはいつもの癖だ。ちゅ、と音を立てて離れ、ゆっくり目を開けて一度視線を合わせると今度は肩を掴まれて正面から抱きつかれる。
「だっこ」
「2回目だな」
「初めての2回目だよ」
「何だそりゃ」
子供の屁理屈を笑うように破顔するに、藤代は真剣な顔を突き合わせた。至近距離の大きな黒目にが黙る。
「これから1つ1つ、14歳のとは全部初めてなんだもん」
「…んなこと言ったら来年再来年って、キリがねーぞ」
「うん。といるときは何もかも初めてだよ、俺にとって」
静かに強い口ぶりでそう言って、藤代はの肩に顔を埋める。は暫しぽかんとしていたが、数回瞬きを繰り返したところで意味を飲み込んで我に返り、藤代にきちんと向き直ってその背中に両腕を回した。今度は心底幸せそうな笑い方だった。
「(何もかも初めて、ね…)」
それだけ毎日新鮮なんだって、そういう感じのことを言いたかったんだと思う。言葉足らずなのがとても愛しい。
そんな足らない言葉で自分に伝わるのが、ひどく誇らしくて嬉しい。
ぎゅ、と腕の力を強めると、藤代も負けじと力を込めた。少し苦しいくらいの力の入れようで、が苦笑して腕を緩めると、それを感付いた藤代も慌てて力を抜く。それでも自分を包む腕は力強くて、胸の奥から込み上げる熱い感覚はひたすらの笑みを濃くした。
僕らにはまだ足りないものが多すぎて、遠くまで見渡すことはできないけれど、それは僕らが未熟だからじゃなくて。
目の前の一瞬が、その輝きが、眩しすぎるからじゃないかと思うよ。
「誠二」
「んー?」
「なんでもない」
「?」
すぐ横の短髪に頬擦りすると、ちょっとチクチクしたけどそれでも笑った顔は崩さない。本当、お前といると飽きないよ
難しすぎるから、お前には言わないけど
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2005/9/24 background ©hemitonium.