「あっつうー…」
厳しい残暑の続く9月、団扇で扇ぎながらの銀時の呟きはセミの鳴き声に吸い込まれた。ちゃぶ台の上に置かれた麦茶のビンは水滴をいっぱい付けて、下にはちょっとした水溜り。カーテンレールに提げられた風鈴は、網戸越しの僅かな風では揺れが小さくて音は出ない。家主のは汗でべた付く体を不快に思いながらも、ぬるくなった麦茶を一口飲み込む。クーラー目当てで家に押しかける銀時が面白くないため、意地でも冷房のスイッチは押さない心構えだ。
「ぬるい麦茶って不味い以外の何でもねえな」
うえ、と舌を出してが顔を歪める。銀時は聞いてはいたが、返事をするのも面倒だったようだ。2人でいる時はいつもウザッたいくらいベタベタくっ付いて来るのに、さすがにこの状況では近付いても来ない。冷房は入れないと玄関で明言したのでここにいても無駄な事は分かっているはずだが、帰る気配はなかった。
「、セミがうるさい」
「俺んちのペットみてーに言うなよ」
「そもそもありゃメスを呼び寄せてんだろ?ふしだらな!それを夏の風物詩なんて言う日本人のなんて愚かな!」
「セミも古人もまさかお前に言われるとは思ってなかったろうな」
大江戸晩夏の陣
コップを空にしたは濡れたビンとちゃぶ台を台布巾で拭って、キッチンに戻る。冷蔵庫から漏れる冷気にちょっとうっとりしたが、そこで今朝牛乳を切らしたことを思い出した。
「おいオッサン、俺買い物出るから」
「えー?こんな時間に外出んのお?」
「しゃーねーだろ、牛乳が切れた。夕方は雨降るから今のうちに行くんだよ」
「水でいいじゃん」
「よくない。カルシウム摂らないとお前みたいになるから」
「んじゃ俺お留守番してるう」
「却下。お前一人にしたら間違いなく冷房つけるだろ」
「…ちぇー」
とりあえず家から出ろ、と引っ張り起こして追い出すと、買い物にくっ付いてきた。スーパーの冷気を浴びるつもりらしい。
の家は交通の便よりも家賃重視で選ばれたため、最寄のスーパーまでは割と歩く。コンビニなら近くにあるので、「ここでいいじゃん」と銀時が言うと、「コンビニは高いから駄目」と即却下された。
時間帯はお昼を少し過ぎた頃、一番暑い時間帯だった。直射日光はジリジリ肌を焦がすように熱いし、アスファルトから跳ね返る熱気に汗が噴出す。やっとスーパーに到着して競うように自動ドアをくぐると、全身に張り付いていた汗が急激に冷やされて何とも心地よい。
「ふわあ〜…生き返った…」
「ほれ」
恍惚の表情を浮かべている銀時に、がカゴ付きカートを押し付ける。2人で買い物する時はいつもそうなので、銀時も慣れたようにそれを受け取って、の後を付いてカラカラと押して歩く。その中にがほいほいと買い物を放り込んだ。
会計を終えてスーパー袋を抱えた2人が外へ一歩踏み出した瞬間、酷い温度差に揃って「うわっ」と顔をしかめる。
「…さん、なんか予想外の大荷物なんですけど」
「スイカ安かったんだよ」
「一玉食べる気?てか俺が持つの?」
「万事屋がお零れ頂戴する気だからちょうどいいだろ」
「そりゃどうも」
相変わらず下がらない外の気温に、一度引いた汗がまた滲んだ。しかし行きと違って空には雲が出始めて、落ち着きのない生温かい風が吹く。雨の予感に歩く足を速めたが、間に合わなかった。
「うっわ!やべ、降ってきた!」
「!傘は!?相合傘は!?」
「持ってねえよ!持っててもソレやるつもりねえよ!」
夕立らしく、降り始めから大粒で豪快だった。家までもうすぐとは言えない距離だったため、適当な軒下に入って雨宿りする。
「あー…」
「降るのは夕方からじゃなかったのお?」
「俺に言うな。お天気の姉ちゃんに言え」
「結野アナじゃしょうがないかー」
「…ま、通り雨だろ」
「んー…」
が荷物を両端に置いて、強く屋根を叩きつける雨粒を見上げていると、その横で銀時が袋の中を探り出した。取り出したのは袋詰めのチョコレート。手際よくばりっと開封して、さっそく1つ口に放る。買った覚えのない商品に気付いたは、それを睨みつけて。
「…は?テメ、なに勝手に買ってんだよ!」
「それ面白くないよ」
「ダジャレじゃねーよ!!」
まあまあ、と言って銀時が差し出すチョコを呆れ顔で受け取る。これもいつもの事だから、今になって煩く怒る気はしなかった。
隣の銀時がハイペースでチョコを消費するのを横目に見ながらは、そういえばさっきので携帯が濡れてしまったんじゃないかと思い懐から取り出す。二つ折りのを開けたら画面が濡れていたが、それを拭ってボタンをいくつか押したらちゃんと動いた。安心して閉じようとしたところで待受画面に表示された日付に目が留まる。
「
――…」
少し考えたがそのまま閉じて。懐のいつもの位置に収めたら先程受け取ったチョコの包みを開けて。口の中で一回転がして、止む気配のない雨音の中で腕を組んでから
「あー…銀時、そういや俺さあ」
「んー?」
今日誕生日だったわ
君は何て言う?
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2005/9/14 background ©hemitonium.