深夜番組を見ながらあれこれとチャンネルを回していたら、横に置いていた携帯が急に鳴るので驚く。そろそろこの着メロも古いかなと次の候補を考えながら時計を確認するとほぼ0時、どうやら俺は17歳になった。



Kartell



 折り畳まれた携帯を開いてメールを開封すると、色とりどりの文章がチカチカする。一番最初にお祝いを送ってくれたのは藤代だった。俺が今まで一度も使ったことがない、っていうかこんなのあったのかっていう絵文字がふんだんに使われてて、なんだか意味がよく分からないけど空気は伝わってきた。あいつのメールは大体いつもそんな感じ。最後に、俗に言うアスキーアートらしきものも書かれていたんだけど、携帯の画面の幅の関係か、行がずれ込んでて何が何だか分からなくて、そんな所まであいつらしかった。
 因みに届いたのが一番とはいえ、日付はまだ13日だったわけで。お礼ついでにツッコんだら、『俺の携帯は0時ピッタリなんだけど(`へ´)!!』と返って来たけど、生憎俺の携帯の時計はこの間時報で合わせたばっかりだから、間違ってるのはあっちの方だ。まあ好意は素直に喜んでおこうと思ってそこまで言わなかったけど。
 藤代とは竹巳を通じて知り合った仲。まあ有名人だから俺は一方的に知っていたけど、クラスも違うし話す機会なんてなかったから。けど今年になって竹巳と同じクラスになって、仲良くなって、それにくっ付いてた藤代と知り合った感じ。今では2人だけでもよく一緒に話す。藤代は人付き合いが上手くて話しやすいし。
 サッカー部では、メンバーの誕生日前夜から日付が変わるまで、みんなで集まって騒いで祝うらしい。こういう時に部活仲間ってうらやましいなあとか、ちょっと思ったりする。
 藤代の後に続いて何通かお祝いメールが届いた。几帳面な友人に感謝しつつ、それぞれ似たような文面で返事をしていたら、一区切り付いたところで、竹巳からまだ来てないな、とふと思ってしまう。そんな自分が自分で気持ち悪くて許せなくなって、これ以上見てられないとばかりに携帯をサイレントモードにしたら鞄の中に突っ込み、ベッドに潜ってテレビと照明を消す。頭の中から携帯の存在も消してしまおうと無意識に耳を塞いだ。




ピピピ ピピピ ピピピ ピピピ ピピピ

 いつも通りの時間にいつも通りの音で、いつも通りの朝を告げる目覚まし時計に起こされて、自分の部屋を出て階段を下りるとキッチンからいつも通りの朝ご飯の匂いがする。食器をカタカタ並べながら母さんは、そういえばアンタ今日誕生日だねえ、と素っ気なく言うので、俺も、ああそうだね、って、今思い出したみたいな味気ない言葉で返して席についた。
 顔を洗って着替えたら、よたよたになったローファーを引っ掛けて家を出る。清々しい秋晴れで、少し乾いた空気を貫いて真っ直ぐ届く日光が肌に心地よかった。車庫の奥に停められた愛(自転)車のカゴに鞄を放り込んで、スタンドを蹴飛ばしたらいつも通りの時間に出発。


 きれいめの新興住宅が林立する中を、駅へ向かうサラリーマンや女学生を追い抜きながら走り抜ける。自宅から自転車通学の俺の朝だ。他校の生徒が大勢行き交う中、我等が武蔵森高校への行き慣れた道を進み、常緑樹の垣根が見えてきたらもうすぐだ。
 校門を通って、金木犀が香り始めたロータリーを回り、横目に見えるグラウンドを一瞥しながら自転車置き場へ。

 登校時間結構ギリギリ、メンバーの揃いつつある教室に入って、すれ違うクラスメイトにおはようを繰り返しながら自分の席に向かう。窓際から2列目、後ろから3つ目。
「…おはよ」
「ああ、おはよ」
 斜め前の席の竹巳はどうやら新しく買ったらしい文庫を読み耽っていたのでこちらから声を掛けると、首だけ振り向いてあっさり返し、また本の世界へ戻って行った。うん、まあ、いつもの事なんだけど。鞄を下ろして椅子を引いたら担任が入ってきて、ざわついていた教室が慌しく収拾された。


 いつも通りに授業が過ぎて、6限のロングホームルームは間近に迫った学校祭の準備時間に使われることになる。隣のクラスからも椅子や机を移動する音が忙しなく聞こえてきた。うちのクラスの出し物はお化け屋敷だ。飲食系の出し物が許されない1、2年クラスにおいて、最高の倍率を誇るお化け屋敷を勝ち取った学祭委員ののジャンケンの強さにはクラス一堂感謝しなければならない。
「あーー!絵の具切れた〜」
「おー分かった。他に足りないもんはー?」
 美術部の女子が描いた下書きに絵の具で色を塗るのが、特に割り当てのない男子のもっぱらの仕事だ。毛羽立った絵筆をザカザカ滑らせながら、俺が右手を上げてに報告する。それに続いてガムテープやらダンボールやら、教室のあちこちで声が上がった。はクラス唯一のバイク通学者なので、買出し役にはもってこいだ。学祭委員だけでも大変なのに、買出し役まで頼まれてくれるお人好し。やはりクラス一堂感謝しなければならない。
「そういや聞いた?」
「あ?何」
 買出しのメモを片手にが教室を出て行ったすぐ後、俺の向かいで筆を滑らせていた竹巳が何やら言い出す。目的語のない疑問文に、俺は顔を上げて聞き返した。竹巳は黙々と絵の具を伸ばしながら続ける。
、彼女と別れたってさ」
「…えー!あのB組の子だよな?」
「うん」
「なんでまた。仲良さそうだったのに」
「なんかアレだって、誕生日がどうのこうの」
「……た、ん生日?」
 いつも通りの日常にすっかり埋もれていた感覚が呼び起こされて、俺は思わず言葉に詰まった。
 たんじょうび
 竹巳は気付かないのか気にしないのか、相変わらず顔を上げないまま淡々と続ける
って陸部じゃん?だから前のあいつの誕生日も練習で会えなくて、それで揉めてそのまま、だって」
「あー…そう。お気の毒」
「まったく。女ってどうしてそーゆう記念日系に拘るのかねえ」
「うーん…そう、だな」
 自分に言われているようですこぶる気まずかった。鬱陶しい、と言いそうに気だるげな竹巳の溜息が俺を刺す。俺今日誕生日なんだよね、なんてどんなに軽々しく演じても絶対、口が裂けても言えないな。
 とにかく話を変えよう、えーと、、あんないい奴振っちゃうなんて勿体ないよなー彼女もそこそこ可愛かったし、お似合いだったのになあ、そんな感じの事を口に出そうとした、その刹那
〜〜!お誕生日おっめでとおお!!」
 ガラガラッ、と豪快にドアが開けられる音に重なって、武蔵森の有名人・藤代誠二のお目見えだ。他のクラスの出し物を完成前に除くのはマナー違反、なんて常識もなんのその、今の俺に一番不要な言葉と共に。さすがエースは違うよな………できるものなら今ここで、両手で頭を抱えたい。
「…え??」
「あー……」
 突然現われた藤代にびっくりして顔を上げた竹巳は、藤代と俺とを交互に見てきょとんとしている。俺は言葉が出なくて、曖昧な母音を垂れ流した。
「えーっ、竹巳知んないのー!?は今日誕生日なんだよ!ね!」
「えー、と、うん」
「俺0時ちょうどにメールしちゃったもんね〜!で、はいこれプレゼント!」
「あ、ありがと」
 いや、もう、勘弁してくれ。
 そんな悲痛な俺の心の声は当然目の前のポジティブ野郎に届くはずもなく、コンビニのスーパー袋にどっさり詰められたお菓子を押し付ける。大方、買出しのついでに買ってきたのだろう。乾いた笑みを浮かべながら、その視界の隅で捕らえた竹巳の憮然とした表情が俺の胸を引っ掻いた。


「あー!ちょ、藤代!そこ踏むなよ!!」
「え?あ、ごめんごめーん」
「おまっ、靴の裏に絵の具付いてるだろ!あーもー!」
「あれ、ほんとだ〜あはは。もういいじゃんこーゆー模様で」
「よくない!」
 竹巳と対峙するのが怖くなった俺は、クラスが違うくせにすっかり居座ってしまった藤代に空元気をぶつける。それでもチラチラと竹巳の顔を伺ってしまう自分が抑えられなくて、内心どうしようもなく泣きそうだった。


 6限が終わっても準備は続けられて、教師が下校時間を告げに回ってきたところで今日のところはお仕舞いとなった。作りかけの出し物を教室の隅に押しやって、椅子と机を元に戻す。のシメでお開きとなり、手を洗い終えて俺も帰るかと鞄を背負ったところで竹巳に声を掛けられた。やたら久しぶりに聞いた気がして、振り向く動作もきっと少しぎこちない。
、この後ちょっと付き合ってくれない」
「…え?あ、うん。いいけど…」
 俺が曖昧な返事をするとそれを聞くが早いか、手早く帰りの支度を整えた竹巳はそう言ってスタスタ歩いて行ってしまうので、俺は慌てて後を追った。


 竹巳の後を付いて行くとどんどん中心街に入って行って、人通りも増えてきた。あんまり早足で歩くものだから、人込みに紛れて見失いそうになる。ちょっと待ってよ、と呼び止めようとしたところで突然足を止めて、くるりと振り向いた。
「映画観たいんだよね」
「……あ、ああ、うん。いいよ」
 独り言のような口ぶりに、俺は大袈裟なほど何度も頷いた。どうやら目的の映画は決まっているらしくて、竹巳はすぐにチケット売り場に向かう。俺はしつこく遠慮したけど、俺の分も払ってくれた。
「お腹空いた」
「…何か食べよっか?」
 次の上映時間まで一時間弱の間がある。どうしようか、と聞くより早く、また独り言のように言うので俺は控えめに返した。夕飯時の飲食店はどこも混んでいたけど、通りがかったファーストフード店の窓際の席がちょうど2つ空いていたからそこにする。レジに並ぶ最中財布の中を確認した俺は、チケット代奢ってもらってよかった、とこっそり思った。
 2人揃ってトレーを並べて、窓ガラスの向こう、灰色の雑踏をぼんやり眺めつつハンバーガーに噛り付く。耳の裏にそっと吹きつけるバラード調のBGMが、季節の移り変わりを告げていた。
 店を出る頃には日はすっかり沈み、色づき始めた街のネオンが長くなった夜を主張する。まだちょっと時間があったから、竹巳が寄りたいと言う本屋に立ち寄ってから映画館に入った。重たい扉を押し開けると、全ての音を吸い込むような静けさ。公開当初はそれなりに騒がれていた作品だけど、それから随分経っているためか上映直前でも客は疎ら。ふかふかの椅子に腰を下ろすとそれほど待たずに明かりが搾られて、新作映画の予告CMが始まった。

 作品そのものは、映像に迫力もあって、エンターテイメントの王道のような映画だった。お決まりのハッピーエンディングで閉められて、暗く静かなエンドロールがとろとろと流れている。じわっと照明が明るくなると少ない客は次々と席を立ち、室内にはほとんど俺らだけになった。俺は元々映画は最後まで見るタチだったから、流れる英字を黙って見送っていると不意に竹巳が口を開く
「俺さ、なんか分かった気がする」
「?…何?」
 首をひねると、薄っすらオレンジ色の照明に照らされた竹巳は真っ直ぐスクリーンを見つめていた。鼻筋の通った横顔が奇麗で、俺は目を離せなくなってしまう。
の彼女の気持ち」
「……」
「大事な人の特別な日って、独占したいもんなんだな」
 竹巳は俺を振り返って、緩やかに、少し眉を下げて笑う。
「ごめん、連れ回して」
 自分の胸の内を、どう言葉にしたらいいのか、頭が働かなくて。俺の口からは、ありがとう、すら出てこなかった。


 エスカレーターを下りて外に出て、俺の後ろで自動ドアが閉まるのと、ちょうど同じくらい。前の背中を呼び止める。
「竹巳」
 背中は静かに振り向いた。その目を見据えて俺が言う。流れる雑踏の中で、俺たちだけ止まっているみたいだ。
「文化の日は俺にくれよな」
 振り返った竹巳はしばし目を丸くしていたけど、ほろっとその表情を崩してちょっと照れたように笑った。赤いネオンがそう見せたのかもしれないけど、そんな顔されると俺まで照れてくるよ。きっと赤くなってる、堪らず顔を伏せた俺の右手を竹巳が引いた。さすがにちょっと戸惑ったけど、この雑踏と薄暗さなら誰も気に掛けやしないだろう。竹巳は少しだけ身を寄せて、賑わいの中でも聞こえる芯の通った声で返した。

空けとくよ。



うーん、冗長

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2005/10/9  background ©RainDrop