「えー!なんだよ、結局脱がねーのかよ」
深夜、大人向けの内容に切り替わったテレビ番組の際どいフェイントに文句を言いつつ、は小さめの折りたたみテーブルに置かれたオレンジジュースをひと飲み。そのグラスの横に置かれた丸い目覚まし時計を一瞥して、もう少しか、と小さくこぼした。
あなたにとって
今日は9月13日、明日はの誕生日。日付変更が近付いた今、一緒の部屋で暮らす恋人はその瞬間を一緒に祝ってくれるものとは思っていた。今日一日その話はまったく出なかったし、ましてプレゼントなんて用意するような奴でもないし、男2人でケーキを囲むことはないにしてもまあ、おめでとうの一言くらいは。さっきからベッドに転がって何やら雑誌をペラペラ捲っているが、きっと時間を気にしてくれているに違いない。
深夜のニュース番組が始まってからだいぶ経った、11時40分。ソワソワする自分を抑えるが、何も声は掛からない。さすがに自分から言い出すのもどうかと思うので黙って膝を抱えたまま、さして興味もないニュースを見続ける。
なんだか落ち着かないのでバラエティ番組に切り替えて少し経った、11時50分。いつもなら一人で腹抱えて笑っているであろうネタを見ても、クスリともできない。オイオイもうそろそろまずいぞ、ムード作りとか色々そういう下準備あるじゃないか、なあ。
番組が盛り上がりを見せ始めた、11時55分。痺れを切らしたはさり気なく、あくまでさり気なく話しかけてみることにした。
「なー晋す……っておい!!」
振り向きながら掛けた言葉は途中でツッコミに遮られる。ずっと自分の背中を焦らしてきた当の男は、読みかけの雑誌もそのままにスースー寝息を立てていた。頭にきたはベッドに乗り上げて、仰向けに寝ている高杉の腹に跨り胸倉を掴み上げる。安眠を妨害された高杉は眠たげな片目をうっすら開けて、ゆるい声で返した。
「んあぁ?」
「何寝てんだよ!?まだ日付変わってねえぞ!」
「何時に寝ようが俺の勝手だろーが…」
「バッカおまっ、今日何日か分かってんの!?」
「あー…?」
ちょっと放っておいたらまたすぐ眠りに落ちてしまいそうな高杉をはがくがく揺らして、顔を鼻が擦れそうなくらい、ギリギリまで近づけて、深夜にもかかわらず大声を張り上げる。
「く・がつ・じゅう・さん・にち!」
「それがなんだよ…」
「……本気で言ってんのか?」
真顔で詰め寄るに、高杉はまだ眠気から抜け切らない頭でゆっくり思考を巡らした。
「…………あー、誕生日か」
「おっそ!」
呆れたが手を離すと、掴み上げられていた高杉の体はどさっと力なくベッドに沈む。
「覚えてただけいいと思え」
「えええ!ちょ、だからなんでそこで寝るんだよ!」
そのまま起き上がる素振りも見せず、高杉は90℃寝返りを打って再び睡眠体勢に入った。が肩を掴んで止めに入ると、今度は心底煩わしそうな顔をする。
「あー?うっせえな」
「寝るなっつーのバカ!この俺がまた1つ大人になる瞬間を見届けろ!!」
いつもなら怯んでしまうような形相だったが今回ばかりは食い下がるわけにも行かず、は片手に持った目覚まし時計を高杉に突きつけた。長針は既に59分を回ろうとしている。
「馬鹿はてめーだ」
「!」
高杉はその示す時間を確認したのかしなかったのか、右手でそれを強く払う。の手から零れ落ちた目覚まし時計はフローリングの床に叩き付けられ、安物でプラスチック製のそれはガシャン、と乾いた音を立てて崩れた。
飛び散る破片に目を奪われいたは、下の高杉に顔を掴まれて我に帰る。そうして強制的に目に映された表情に、背筋の震え上がる思いがした。
「ンなもんに縛られてっから気が立っちまうんだろうが」
さっきまでの寝惚け顔はどこへやら、がその表情に一番弱いことを、知ってか、知らずか。
「いくつんなろうがお前はお前、俺ァそれだけで十分なんだよ」
「……」
はい、と声には出さずに頷いたものの、やはり気に掛かるという風に目覚まし時計の残骸を横目で見遣るに、高杉が今度は甘やかすように言う。
「…どーしても気になるってんなら」
「な、…」
腹に跨っていたの体が一転して、背中をベッドに押し付けられる。枕の横で開かれっ放しだった雑誌が頭に触れてつるつるした。縫い付けられるように、両肩へ上から体重を掛けられるのを感じながら、咄嗟のことにギュッと瞑った目を、恐る恐る開けて、みる。
「気にできなくしてやるよ」
どうやら自分は全身この男に染め上げられるのをご希望らしい。視線だけで性感刺激されてるようじゃ手に負えないな、と、は頭の隅で自らを嘲笑した。
翌朝、気付いたら自分は1つ歳をとっていて。隣の男はしばらく起きそうにない。
もっと他の大切なこと
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2005/9/19 background ©m-style