きみのせいだ、ぼくは悪くない。ぜんぶぜんぶ、
きみのせいで
秋の大会、初戦の相手は並盛中だった。応援行くからな〜もちろんの!ってニカニカ笑うあいつの顔は忘れない。
「ー、いつまで座ってんだよ」
「……ん」
試合は勝って、2回戦進出決定。うちのバスケ部は強豪とまでは行かなくとも中の上くらいだ。試合後のミーティングを終えたら、片付けは1年の仕事。市の総合運動公園のロッカールームは学校と比べて新しくてきれい。
「おっ前、贅沢だぞー?1年で試合出てんだからさあ」
「…うん、さんきゅ」
荷物も片付けないままベンチで呆けていると、同級生の1人が頭を乱暴に小突きながら声を掛けてくれる。他のメンバーは早々と片付けを終えてさっさと帰って行ったから、残っているのは2人だけ。2年後に主将やるのはこいつだろうなとか薄っすら考えた。口にはしなかった。
尚も背中を丸めたまま立ち上がる気配を見せない俺に、最後に一言「あんま考え込むなよ」と残し、明るめの挨拶を添えてそいつは部屋を出て行った。つやつやに加工された廊下と運動靴が擦れて、小鳥がさえずるような音が少しずつ遠ざかった。
今日の出場時間は第3クウォーターの8分だけ。シューティングガードのくせに狙った3ポイントは1つもバスケットまで届かなかった。1年だからって試合に出るだけじゃだめだ、まして8分、無得点なんて!だってあいつは―
「くそっ」
手前のロッカーを蹴るとガツンと音が響く。加減を誤ってつま先が痛いぞ、ちくしょう、なにがレギュラーだ!なにが4番だ!
「〜」
ドアの上の方に付いている磨りガラスの小窓に人影。入るぞーと一言断ってからドアが開く。確かめなくても分かるきみの声。そうやってきみがぼくの名前を呼ぶせいで、ぼくの心臓の隅にある秘密のスイッチが切り替わってしまう。
頭を垂れたままのぼくに2歩3歩近付いた。視界の端に履き慣れたお気に入りのスニーカーが映る。顔中の筋肉を引き締めて顔を上げる、なのに
「ん」
そうやってきみが笑って両腕を広げるせいで、ぼくの鼻はつんと沁みるように痛んで、喉はきゅうと締め付けられる。
「うん」
そうやってきみがぼくを受け入れるせいで、ぼくの顔はくしゃくしゃに皺が寄ってひどく情けなくなる。
「よしよし」
そうやってきみの大きな手が、胸の内側まで優しく撫でるせいで、ぼくの口からはとてもかっこわるい声が出る。
震える体を誤魔化すように、武の上着をぎゅうっと握る。
「たけしがわるい…ぜんぶ武のせいだ!」
「うんうん、ごめんな」
「…ちがう…武は悪くないじゃん、なんで謝んだよ!」
「うん、ごめん」
「謝んなってば〜…」
駄々をこねる子供みたいに、武の胸にぐりぐりと額を擦り付ける。Tシャツの生地越しに筋肉質の胸板の感覚が伝わってきた。
「じゃ、こそ怒るなよ」
「…怒ってない」
「うそ」
「怒ってない〜…」
「はいはい分かった、ごめんな、ごめん」
「だから謝んなってばー!」
「…じゃ聞くけど、は俺にどうして欲しい?」
涙でぼろぼろのほっぺたを両手で包まれて、ん?と鼻先が合わさった。自分からは言えずに口をもごもごさせていると、もう一度、今度は少しはっきり繰り返す。
「どーしてほしい?」
「分かってる…、くせに」
「さあ?」
「……バカ!やっぱり武が悪い!」
「あーあー、ごめん、悪かった、すいません」
胸を突き飛ばして逃れようとがむしゃらにもがくのを、適当な謝罪のことばを並べてやり込める。長くて強い腕に捕らえられたら、背の低い自分は逃げられやしないのだ。
「めー閉じて」
きみはいつも、おまじないみたいなキスをする。武骨な手とか、ざっくばらんな性格とは似つかない、柔いキスをする。だからぼくは魔法にかかったみたいに大人しくなってしまって、だから唇が離れた後も、名残惜しくて首にしがみついてしまう。それをきみが笑って、ぼくの顔が赤くなって、
「いっちょあがり」
ほら、きみのせいで。気付けばぼくまで笑ってるんだ
付け焼刃のバスケット知識で申し訳ない
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2006/4/2 background ©hemitonium.