「あーちっくしょー…」
 参った様子で白い頭をガシガシ掻きながら、閉店時間に追い出されるように。坂田銀時がパチンコ屋の自動ドアを通り抜ける。体半分振り返って、空になった店内を横目で見て、所在なさげに溜息を吐いて。持て余したように、すっかり軽く、薄く、小さくなった財布を懐に押し込む。



合法ギャンブル



「おにーさん」
「あ?」
 家に帰る気がしなくて、降りたシャッターが延々と立ち並ぶ中を歩いていたとき。下から聞こえた子猫の鳴き声のような音を目で辿ると、1人の少年がこちらを見上げていた。
「何ですか〜ぼく」
「パチンコ擦っちゃったのかい」
「…うっせ。大人にはな、お子様にゃ分かんねえ事情ってモンがあんだよ」
「ふーん」
 疎らな街灯しか明かりのない路地は薄暗くてぼんやりとしか見えないけれど、静かな夜の街の中に際立つ、少年の持つ空気に惹かれてしゃがみ込む。所々擦り切れた…この時期にしては少し寒そうな服に、抱えた膝の下は裸足。
「……何してんの、お前」
「んー、飼い主探し?」
「はあ?」
「おにーさん拾ってよ」
「…やなこった」
「えー俺結構いい仕事するしお買い得だと思うんだけどなあ」
 何がご不満?と言いながら少し考える風にして少年が腕を組む。その際にずれた袖口から、彼の細い腕が現れて。そこに刻まれた模様に、銀時の目が留まる。
「……何コレ。刺青?」
「見りゃ分かんだろ?…オイ、シールじゃねえよ。引っ掻くな」
「若いのに随分とまぁ粋がっちゃって」
「違うし。掘らせてくれたら金くれるって言ったんだよ」
「…そんな奴いんのかよ」
「他にもあるぜ?まータダじゃ見せらんねーようなトコだけど」
 そう言いながら浮かべる笑みが、あまりにも妖艶で。目を合わせてしまった事を銀時は後悔した。
 こんなに幼いのに、と思ったが、寧ろその年齢とのギャップがそれを引き立て、妖しく危険な香りを放っていることに気付く。未知数であるが故、底が知れない。だがどちらにしろ、自分が既に片足を踏み入れてしまっている事は明らかだった。


 少しの沈黙の後。奇麗な弧を描く唇を開き、わざと真っ赤な舌をちらつかせるようにして少年が話す。
「ギャンブルっつーのはさ、大抵負けるように出来てんだよ」
「…嫌なこと言うな」
 今度は悪戯っ子のようにきゃっと笑う。そうして2、3度肩を震わせた後、またあの顔で笑う。どこまでが計算なのだろう、と、目が離せないまま銀時が思う。
「勝つか負けるか分かんねえパチンコよりもさ、俺に賭けない?」
 気付いたら、息を感じられるくらいに互いの顔が近かった。思わずそのまま口付けてしまいそうになっている自分に驚く。身を引こうとしたが細い腕に引き止められて、唇を幼い舌がするりとなぞった。
「俺との明日に賭けてよ」
 小さな頭に手をやって、銀時が立ち上がる。なんだよ、と不満げに見上げる顔が、差し出された手にぱっと明るくなって。そっと唇を当ててから、手を取る。銀時は赤くなりそうだった。
 並んで立ったら視界に入らないくらいの身長差で、今更ながら少し躊躇する。けれど腕に絡んできた体が、低体温の自分よりも冷たくて…そんなのはこじ付けの言い訳だと同時に思いもしたが、小さい歩幅に合わせて歩き出した。
「俺ね、ってゆーの」
「…おにーさんは銀時っつーんだ」

さあ、投げられたサイが踊り出す



「マイ・プライベート・アイダホ」のリヴァー・フェニックスがとても奇麗だったので

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2004/4/12  background ©CAPSULE BABY PHOTO