巡り巡って、同じ季節がやってきたよ
目に映る木々はどれも青々と茂って
風は熱をめいっぱい含んで
軽くて柔らかそうな雲は空色に映えて
軒下の燕は夏を告げて巣立って行った

景色はあのときの繰り返し、何も変わらないはずなのに
ぼくの横にはきみがいない



「銀ちゃーん、定春の散歩行ってくるネ」
「ああ、神楽ちゃんもお出掛け?」
「…新八、アレ生きてるのカ?」
「さー?聞こえてるだろうけどね、自称二日酔いらしいよ。銀さん、僕も買い物行ってきますから。いちご牛乳なら冷蔵庫の扉の所に入ってますからね」



ねえ、覚えているかい
君が、貰い物の鉢植えを水の遣りすぎで腐らせてしまったときのこと
水がなきゃ生きていけないくせに何て自分勝手な奴だと、君は怒っていたけれど
今ならぼくも、鉢植えの気持ちがよく分かる


所詮ぼくらはないものねだり



欲張り



『やっぱさ、俺には一人が向いてんだよ。一匹狼みたいな?…分かるだろ?』
『ああ、そうだな』
 テレビの横のソファに伏したまま、ベランダに置き放たれた植木鉢が目に入る。何度も新八に捨てられそうになり、その度に怒っては怪しむような目で見られたものだ。本来の役割すら与えられないまま直射日光に晒されて、ジリジリ焦げそうに熱くなってるんだろう。
 その焼けるような音に重なって、きみと交わした言葉の端々が浮かんでは消えてゆく。
『そんじゃ、お世話になりました』
『んー、元気でね』
 今日みたいに暑く晴れた日。思ったよりずっと少ない荷物を背負って、最後まできみはいつも通りだった。もしかして最後だと思ってるのは自分だけなんじゃないかとまで感じながら、昨日の会話を思い出して。そうして戻った部屋が、なんだかいやに広く感じて、模様替えをしたりしたっけ。
 嫌いになったわけじゃなかったけど、後悔はしていなかった。至極ドライな言い方をすれば、飽きてしまったんだ。行き先は聞いていなかったけど、心配もしていなかった。その時のぼくには、いつか会いたくなるなんて想像できなかったけど、行き先はだいたい見当がつくし、探そうと思えば簡単だろうって。
 その気になれば、いくらだって



 それから季節が一周して、きみのいない2度目の夏。

『おい、これも持ってけよ』
『……いらね。やるよ』
『俺もいらねーってこんなん』
 最後の玄関で渡そうとした植木鉢を、きみは頑なに拒んだ。腐ってしまった苗を取り除いたそれには、まだ土が入ったまま。けど種は植わっていない、ただの土。植木鉢という名前なのに、奇妙だった。
 それはきみの存在を裏付ける唯一のものとして、捨てはしなかったけど、特別大事に扱う事もなく。部屋の隅を転々とした後、最後にベランダに行き着いてからどれくらい経つだろう。


 それからぼくは万事屋を始めて、結局また、この部屋に仲間を連れ込んで。今のぼくを見て、きみは何と言うだろう。呆れるだろうか、それとも全て分かっていた?無性に答えを知りたくなって、唯一縋る先は、視界の隅の鉢植えなわけで。
 だるい体が嘘のようにひょいと起き上がって、カラカラとベランダのサッシを開ける。手に取ったら想像通り、いやそれ以上に熱くって、「あちっ」と手を離したら、乾いた音で砕けてしまった。
 熱の感覚の残る掌を摺り合わせながら土と破片を呆然と眺めていると、その間に白い四角が見えた。拾い上げて土を払うと、四つ折りにされた紙幣だった。身に覚えがなくて、無意識に険しい顔をする。くたびれたその紙を展開すると間からぽろぽろと土が落ち、現われた表面の、透かしの白い部分
『 遅くなって悪い 元気で暮らせよ 』
 きみの字だった。達筆なのか面倒なのか区別のつかない、草書体のような字。ミミズみたいだと馬鹿にした、このしんにょうの形を覚えている。
 消して使えるようにとの心遣いか、鉛筆で書かれていて。内側にして折ってあったけどやっぱり少し擦れていた。

 はて、金なんて貸していたっけ。財布はほとんど共同で、どっちが稼いだ金をどっちが使おうが、あまり拘っていなかったと思う。少なくともぼくは。けど、そんなものの真相はもうどうでもよかった。多分きみも、借りた金を返す目的でこんなことしたんじゃないだろう。
 きみが突如として鮮明に、思い出から生きた人間として甦った。会いたくなった。謝ったら怒るだろうから謝らないけど、伝えたくなった。きみが隣にいる当たり前を、ないがしろにしてしまった自分を自覚できたと。




「さあ?私の所には来ていないし…話も聞かないな」
「……そっ、か。悪かったな」
 まず当たったのは桂のところ。元々攘夷で出会って、息が合って仲良くなって、終戦間近。ぼくがきみに「一緒に抜けよう」と持ち掛けたんだから。きみは即答で頷いたけど、少なからず攘夷に未練が残っているのをぼくは知っていた。けれどどちらか選ばせればぼくの手を取ってくれるだろうと思って、ずる賢く誘ったんだ。ああ、このことも正直に話さなくちゃなあ。
「あの桂さん、今…と仰いましたか?」
 桂の後ろにいた男が話に割り込む。
「? ああ、そうだが…何か知っているのか?」
「以前、会った事があります。流鏑馬という攘夷派組織に入っていました」
 聞くが早いか、桂が振り返るより早く、銀時は軽い礼を残して踵を返した。
「全く無礼な奴だな」
「あの、桂さん…」
 呆れる桂に、男が言いにくそうに言葉を続ける。
「ただ、流鏑馬は随分前の騒動で、既に…」
 最後まで聞いた桂は銀時の背中を追いかけようとしたが、それはもうどこかへ消えていて。少し陰のある顔で、そうか、とこぼした。


「流鏑馬ェ?」
「あー、知らねえ?」
 真相に迫り出した銀時が、自分で自分を急かすようにして、次に当たったのは真選組のところ。丁度良く、通りかかったベンチで沖田が寝ていたので叩き起こす。起き抜けに問い詰められて、沖田はむにゃむにゃしながら考えを巡らした。
「…そりゃ確か攘夷派組織の名前じゃねぇですかィ?」
「なんかそうらしいけど」
「旦那が何の用でさァ」
「んー。ま、ちょっとね。真選組なら何か知ってっかなーと思って」
 詳細を明かさない銀時に沖田はいささかためらったが、まあいいかという風に続きを話した。
「あー…流鏑馬っつったら、いつだかの騒動に絡んでたんじゃねェかな?」
「騒動?」
「攘夷派が集まってる所に奇襲作戦仕掛けたんでさァ。随分とデケェ集まりでねェ」
 何でも複数の集団が一堂に会して会議をやったとか、場所は…と、沖田がぽつぽつと言葉を続けるが、奇襲作戦、の後は銀時にはほとんど聞こえていなかった。
「それで…捕まった奴等は?」
「許可が出てたんでねェ…その場で片っ端から斬りやした」
―――…」
「まァ俺も斬った人間一々覚えてるほど悪趣味じゃないんでねェ、あんま詳しい事ァ…」
 そこまで話して、気付けば銀時は居なかった。やれやれと肩を竦めつつも、沖田は大して深く考え込む事もなく、銀時に強引にずり下げられたアイマスクを定位置に戻して昼寝を再開した。



 沖田の言葉の端で捕らえた場所には、慰霊碑らしいゴツゴツした一枚の岩がひっそりと佇んでいた。盆の時期に誰かが手向けたのだろうか、焼香の跡の残るその隣、供え物の果物は熟れ、和菓子には虫がたかり。褐色の空き瓶に活けられた花は、夏の日照りにめげて萎れ、皆頭を垂れていた。黄と茶のコントラストが鮮やかだったはずの向日葵までも、夏の終わりを待つように。
 岩に刻まれているのは慰霊の旨の文字だけで、亡者の名は見当たらなかった。沖田の言葉を思い出すと、把握し切れなかったのかもしれない。
 うず高く詰まれた魂の抜け殻の山の中で、押し潰されながらきみは息絶えたの?瞼の裏にその光景が浮かび上がりそうになって、息を荒くしながら銀時は目を開いた。その先に、慰霊碑にいくつも垂れ下げられた遺品らしいものに気付く。首飾りや下緒、周りには草履や欠けた鞘、鍔、柄が転がっていた。恐らく金目の物は盗まれてしまったのだろう。
 その中に1つ、見覚えのある首飾りがあった。そんなにいい物でもないから、盗まれなかったんだろうけど。きみが、いつも肌身離さず提げていたやつだ。ぼくがきみにあげた、最初で最後の贈り物だ。


 膝を付いたアスファルトが熱かった。砂糖の破片を抱えた働き蟻が視界を横切る。蝉の重唱が幻聴のように耳から脳を痺れさせて、鼻を伝う汗は落ちた先から蒸発して熱気に溶けた。
 動かない銀時に、もくもくと膨れ上がった入道雲がにわか雨を落とす。激しく叩きつける大粒の雨に打たれて、涙なのか雨なのか分からないけど自分は泣いていない―多分。


 その気になりゃ、いくらだって?当たり前の尊さを、分かったつもりでいたけれど、結局、何も見えちゃいなかったんだ。
「馬鹿だな俺は…」
 その気になったって、いくらも…この短くて弱い腕は、遠い遠い君に届きやしないじゃないか。

 通り雨はすぐに止んで、軽くなった雲は簡単に切れた。夕日が目の奥に沁みる。
 こんな目じゃ、これからも、ろくに見えやしないだろうけどせめて。ぼくに見える、一番小さな当たり前を、見逃さないように生きると
―…」

そう、きみに誓うよ



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2005/8/26  background ©MIZUTAMA