死ネタ注意
いつもそう。
出来る事といえば、ただ祈る事だけ。
「1番隊が帰ったぞ!」
屯所の張り詰めた緊張感が突如として破られ、遠くの方から徐々に騒がしくなる。
「…医療班は至急準備を…緊急手術だ」
「沖田さん!沖田さん!!」
その騒ぎを遠目に聞き、小さな一室で一緒に控えていた助手と顔を見合わせる。
「…沖田隊長が…!?」
「……とにかく手術室へ」
恐れをなして固まってしまいそうな身体に鞭打って立ち上がる。
届かずとも、叶わずとも
手術室まで続く薄暗い廊下、足の裏が不気味なほど冷たい。消毒を済ませ、中へ入る。手術台の周りを、大勢が取り囲んでいた。
「……頼む」
無言で近づき横たわった身体を見渡す……素人目に見ても、絶望的なのは明らかだろう。総悟の顔は照明を当てられて透けてしまいそうに、生気を帯びぬ白。眼を逸らせないまま動かないでいると、
「さん、とにかく…とにかく最善を尽くしましょう」
ここで最善を尽くしたから何だというのだ。自分はやれるだけのことはやった、だから何だというのだ。それで許されるとでも言うのか。どちらにしろ結果は変えられないのに。いやしかし…医者とはそういうものなのかもしれない。覚悟はメスを取った時に決めたはず…決めたはずなのに。
「俺は……何も、できない」
「さん…」
「…何か打つ手はないのか…?」
黙ったまま首を振る。
いつもそう。
出来る事といえば、ただ祈る事だけ。
「これ以上、苦しめたくない」
「しかし……」
このままきっぱり諦めるのも難しいだろう、それも分かるが。
「もう…、時間の問題です」
重い沈黙。何人かが顔を伏せた。
「なら、責めて最後は奇麗に… 「殺してくだせぇ」
「…!?」
「……殺してくだせぇ…」
「何言ってんですか沖田さん!」
「自分の身体の、事ぐらい…自分で分かりまさァ…」
「意識あるんだな?沖田!しっかりしろ!」
「このま…ま、相手にやられるなんて…冗談じゃねぇや」
「馬鹿言うな沖田!死ぬな!死ぬなよ!!」
眼が合う。ちゃんと見えてるのか分からないけど、ちょっと笑ったからきっと見えてる。
「沖田さん…?」
総悟の左手が重たげに動いた。隣に置いてあるトレーに伸びて、静まり返った手術室にガチャガチャと音が響く。左手はメスを掴んで、そのまま俺に押し付けた。
「……頼みまさァ」
最後の我侭ぐらい、聞いてくだせぇ。って、言いたかったんだと思う。最後の力を振り絞った左手は震えていて、堪らず手を添えた。
いつもそう。
出来る事といえば、ただ祈る事だけ。
「ごめんね総悟………ごめんね」
泣くんじゃねぇやい
っていう笑顔がじわじわ滲んで、総悟の左手に雫が落ちた。その手からそっとメスを受け取る。目元を拭っていつものように微笑みかけると、総悟も笑って静かに眼を閉じた。
「さん、何……!!?」
「…!?おい、やめろ!!!」
『来世でまた会おう』
いつもそう。
出来る事といえば、ただ祈る事だけ。
願いから、期待の気持ちを差し引いたのが、祈りなんだと思います。
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2004/9/23 background ©ukihana