悲恋ていうか何ていうか色々と痛いです。ご注意



強くなれば、何でも手に入るものだと思っていた。

「ちょ…トシ、だめだってば!もう!」
「…なんだよ?今日はつれねぇな」
「今日は一番隊の会議があるって言っただろ?もう時間!」
「チッ…しゃーねえな…終わったら直ぐ帰って来いよ」
「分かってる」

これ以上、どうしろと言うんだろう。



迷い子



 上座に座った自分を中心に、一番隊の隊士たちがコの字型のテーブルについている。だらしない上司にも関らず誠実な部下が揃い、1つの空席を除いて皆時間厳守だ。腕と足を組んで最後の1人を待つ。気をつけているつもりでも自分の穏やかでない内心が滲み出てしまっているのか、周囲の隊士たちはどことなくそわそわしている。
 どれくらい時間が経ったのだろう、ついに痺れを切らした1人が「自分、呼びに言ってきます」と立ち上がるのとほぼ同時、慌しい足音の後に襖がスパンと開いて息を切らした顔が覗く。やっと来たか。
「失礼、します…」
「遅い。時間厳守って言っただろィ」
「申し訳ございません」
 頭を下げるのを、もういい、と払って席につかせる。謝ってどうこうの問題ではないし、謝って欲しくもない。どうせあの人が離してくれなかったとか、そんなとこだろう。時計を一瞥し、10分ほど遅れて会議の開始を伝える。最期に席に着いた蛍は隣の席の隊士にも一言詫びを入れて、小声で言う。聞こえてるぞ。
「…なんか今日、隊長機嫌悪くね?」
「お前のせいだろバカ蛍。何してんだよ」
「…わり」
 そんな申し訳なさそうな顔するなら、とっとと此処へ来りゃいいじゃねえか。口と頭と目とでまったく別のことをこなす自分は中々に器用だ。
――っつう事で、次からは…おい。ちゃんと聞いてっかィ?」
「え!?は、はい、勿論」
 嘘つけ。頭ン中じゃ、早くあの人の所に帰りたい、とかってんだろ。ここにいる時くらい、俺の事だけ考えてくれたらいいのに。
 用件を手短に告げて自分の話は終わった。だらだらと喋るのは嫌いだから、一番隊の会議はいつも短時間だ。意見のある者は挙手を、と言っても手が挙がらなかったので、
「んじゃ今回は以上。帰って良し」
「お疲れ様でした。失礼します」
 そんなに急いで帰らなくたって逃げやしねえだろうが。そんなに早く会いたいのかい。そんなに恋しいのかい。
 資料片手に急ぎ足で会議室を出て行く背中を目で追う。彼にとって帰る場所は、ここではなく―
「それじゃ隊長、お疲れ様でした」
 残りの隊士も続々と席を立ち、最後の1人が部屋を出ると部屋の温度が一気に下がった。1人取り残されても動く気になれず、さっきまで彼が座っていた席に向かって右手を伸ばす。少し俯いて、資料に目を通しながら話を聞いてる。けど…手を握り締めたら、消えてしまった。
「…小せぇ」
 握り締めた拳をゆっくり開く。空っぽの手のひら。こんな手じゃ、何も掴めやしないんだろうか。




「オイ
「はいはい?」
「これ近藤さんの所に届けて来い」
「はーい」
 副長室から、書類を抱えた蛍が出てきた。ぱたぱたと局長室へと続く廊下を走っていく。その背中が角を曲がって見えなくなってから、副長室の襖に手を掛ける。無言のまま一気に開け放つと上司の背中が見えた。
「土方さん」
「あん?何だオメェ、入る時くらい一言断れよ」
「土方さん。は一番隊の隊員でさァ。好き勝手使われちゃ困りやすぜ」
「…真選組にゃ変わりねえんだから別にいいだろ」
「土方さんには専用の付き人がいるじゃねえですか」
「誰使おうと俺の勝手だ。余計な口出しするんじゃねえ」
 ちくしょう。
 握った手に爪が食い込んだ。顔すら向けないこの態度が憎い。
「トシー、届けて来たよ…っ、わ!お、沖田隊長!」
 ぱたぱた音を立てて蛍が帰ってきた。部屋を覗き込んだ途端、そんな慌てて口塞いで、焦った顔して。今更何を隠すつもりだい?
「失礼しまさァ」
 上司の表情は相変わらず見えない。気まずそうに目を泳がせるの横を通り過ぎて部屋を出た。少しゆっくり歩けば2人の会話が聞こえただろうが、足早に去る。
「…弱え」
 こんな自分じゃ、夢見る資格もないんだろうか。




 良く晴れて、空気の透き通った昼時。気温はそんなに高くなくても、日向にいると日差しが暖かくて心地よい。
「また一晩中付き合わされたのかィ?」
 縁側に腰掛けたまま、頭をこっくりこっくり言わせながら寝ているの横に座る。緊張して顔が見れないけど、直ぐ横に柔らかそうな髪。日の光を受けてつやつや光る。
「…あったけえ」
 我慢できずに指を通すと、太陽の熱を集めた温もりが伝わってきた。そのまま少し力を入れると力なく傾いて、肩が少し重くなる。髪に重ねた頬は暖かくて、なんだか涙が出そうになった。このまま目を瞑ったらきっと幸せな夢が見れるだろうけど、もったいなくて眠れない。

「…んん?…え!?隊ちょ…あ、寝てる…?え、俺何してたんだっけ?…あ、いけね、そろそろトシ帰ってくる…」
 忙しそうに腰を上げたの足音が遠退くのを聞きながらうっすら開けた目は、涙で霞んでよく見えない。夢から覚めたくなくてまたそっと閉じたら、暖かい涙が溢れて頬を伝った。
「…分かってたはずだろィ…」
 触れてみたって、夢見たって、残るのは―嫌になるくらいの無力感だけだって。


「すみません、遅くなり……あれ?」
 伝えた時間より今回は5分ほど遅れてやってきた。
「また遅刻たァ懲りねえなァ」
 自分しかいない会議室は静まりかえり、その空気に蛍は落ち着きなくキョロキョロと首を動かす。
「申し訳ありません…けど、あの…他の隊員は?」
「何がだィ?」
「いや、だって、今夜は一番隊全員で会議って…隊長?」
 パイプ椅子をギッと鳴らして立ち上がる拍子に、左腰の鞘がシャンと鳴る。右手には覚悟の重み―最終手段
 蛍はなだめるように手をひらつかせ、足は1歩下がる。
「ど…どうしたんですかそんな物騒な…稽古の相手なら、俺じゃ力不足ですよ…?」
 わななく足はもう1歩下がる。自分の足は2歩進む。
「そんなんじゃねえやい」
「…じゃあ、何だって言うんです…?」
 弱いのか

「は、はい?」
「俺のモンに、なってくれねえか」
 永久に
「何、言ってるんです…」
 にじり寄っただけ、は後ろに退がる。違う。そんな目で見て欲しいんじゃない。
…」
「……隊長、あの… 「―!やっぱり今夜一番隊の会議なんて無…!?」
「トシ…!!」
 ああ、その目だよ。けど映ってるのは俺じゃない。
「総悟…テメェ、何してやがる」
「………」
 自分試しさ
 アンタにゃ分からないだろうけれど
、怪我ないか?」
「う…うん、大丈夫…」
「…総悟。は明日にでも別の隊に移すぞ。いいな」
「………」
、行くぞ。歩けるか?」
「あ…うん」
 ちらとだけでも、振り向いてくれたら良かったのに。パタンと襖の閉まる音が、必要以上に大きく、無情に響いて、耳が痛い。





強くなれば、何でも手に入るものだと思っていた。

「これ以上…俺にどうしろって言うんだィ…」

閉じた目からは涙も出ない


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2004/11/7  background ©ukihana