買い物の帰り道、5分咲きの桜並木、肩を並べて2人。
前線北上
木の下では気の早い者が既に花見を始めていて、閑散とした冬の終わりを告げるような賑やかさ。
「満開にはまだちょっと早いな」
「あ?…あぁ」
意識せずとも目には桜色が映るだろうに、隣を歩く高杉は何も意識していなかったようで。に言われて初めて頭上を見上げ、それでもやっぱり、あまり関心のないようなぼやけた言葉を返す。
「なあ、桜ってさ、奇麗なのにすぐ散っちゃうだろ?」
「そうだな」
嘘つけ。そんな知識全然ないくせに、と聞き流しを明らかに察しながら、それでもいいか、とは続ける。
「昔は、もったいないなあって思ってた。もっと長く咲いてればもっと奇麗なのにって」
もう返事もしなくなった。どうせ、また長話が始まったとでも思ってるんだろう。それで構わない。
「でも最近は…すぐ散るから奇麗なんじゃないかって思う。
萎れかけの醜い姿とか、虫に食われて傷ついた姿とか、見せる前に散っちゃうから…」
は目の前をちらついた花弁を空いた手で受け止めて、それを唇に当ててピィと鳴らす。音に反応した高杉が目だけこちらに寄こすのを感じた。
「俺も、そうやって奇麗に生きたい」
息を当てられてしんなりしてしまった花弁を、そっと風に乗せて手放す。謀ったように一際強い風が吹いて、まだ完成前なのに花が散り始める。
「…確かに咲いてる姿は奇麗だけどよ、」
早すぎる桜吹雪の美しさに少しもの悲しい気持ちで見惚れていたら、いきなり高杉が口を開くので驚く。
この男は時々こういうことがある。
「地に落ちて、踏まれてる姿なんざ惨めなもんだろ」
言われては足元を振り返った。地に描かれた桜色の斑点は投げ捨てられたゴミと混ざって、見分けが付かなくなりつつある。
「ただ奇麗なだけの生きモンなんてこの世にゃいねーよ。醜い…暗い影があっから、その美しさが際立つ」
「……うん」
自分も納得してしまっただけに言い返せない。話なんてこれっぽちも聞いてないと思ってたのに…
この男は時々こういうことがある。
「心配すんな」
「え?」
やっと目を合わせて話した
「どんだけ萎れたって、傷付いたって、俺はお前を愛すから」
「………!」
結局全てお見通しだったようで
どうせなら嫌味たらしく笑ってくれたら、こっちも怒って恥ずかしさを誤魔化せるのに、こういう時に限ってこんな顔をするのがずるい。
「なあ、お前はどうだ?」
「なに、が」
「愛してくれるか?俺が萎れても、傷ついても…」
顔が近付いてくるのと、言うのが恥ずかしいのとで顔をそらし、目を泳がす。
「…」
本当は分かってるくせに、わざとらしく悲しい音で呼ぶ。こういう時に限ってこんな声を出すのがずるい。
「〜〜っあぁ愛してやるよ!両目潰しても!利き手壊しても!骨の髄までな!!」
言い終えると同時に、桜色に染まった顔を見られないよう、先をつかつか歩き出す。まわりの賑やかさにうまく溶けてくれたのが唯一の救い。
高杉はその後ろで満足そうに笑って。先を行き過ぎて心細くなり、足を止めているに追いつく。全部こいつの思い通りだ、とは思う。
この男はいつもこうだ。
再び肩を並べても歩き出さないの顔を覗き込む
「…満開だな」
「うるさい!!」
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2004/3/31 background © 創天