「じゃんけん、ほい!」

自転車の横で、買出しコンビのと退が物凄い剣幕で真剣勝負。結果は…



定員2名



「ぃよおぉぉしきたああぁァ!!」「ああああーーー!!」

拳を振り上げると、2本指を恨めしそうに見つめる退。
負けた方が行き、勝った方が帰り。
スーパーまで向かう道の途中に大きな坂があって、行きが上りで帰りが下りだから。
2人の間では心臓破りの坂と呼ばれている(在り来たりな名前だけど、もっともな表現だと思う)



天気良好、絶好のツーリング日和。

「おおお〜来た来た、そら上れ〜〜」
「ふんぬー!」

屯所を出発してから数分、坂に差し掛かって立ちコギに切り替える退の背中を、
どうどう、とが笑いながら叩く。
2人のの愛車は俗に言うママチャリ。ギアなんて便利な物は持ち合わせていない。
タイヤがパンクしてないだけいい方だし、もちろん「原付」なんて以ての外だ。

「お、おおぉっ、危ね!真っ直ぐ走れコラ!」

チェーンはキリキリと切羽詰った音を上げて、ペダルは漕ぐたびギッギと鳴る。
あと少しでてっぺん、一番きつい所で自転車が左右にぶれ始めた。
前の退もフラフラで、後のは振り回されて落ちそうになる。
こうなると余計に体力使ってしまうからよくないのだけれど、やむを得ないもので
因みに、坂の途中で漕ぐのを止めたり足を付いたりした場合、
次回はジャンケン抜きで行き担当。というルールになっている。

「…は、はー…ふうぅ」
「よーしあと少ーし」
「…はいよ」

やっと上り切ったところで一休み。背中を大きく上下させる退はとても熱い。
脱いだ上着を後のが預かって、ばさばさ風を送ってやった。







『ありがとうございましたー』

スーパー袋を両手一杯に抱えた2人が自動ドアをくぐる。

「買い忘れないよな?」
「うん、最後にちゃんと確認したし」
「おっけー」

カゴに荷物をめいっぱい詰めて、それでも入りきらない分は退が抱える。
今度はが前、退が後ろ。

「右よし!左よし!…『愛と誠』号出発!!」
「…その名前やめたんじゃなかったっけ…」

帰りは荷物が増えた分ペダルを漕ぐのも中々重い。
だが、この重みが下り坂をより一層スリルのあるものにしたりする。

下り坂に向かって、がスピードを上げ始めた。
落下直前のジェットコースターみたいで、この瞬間が一番ドキドキする。

「きっ…たきたきたああァ!!」
「うっわ怖!ちょっと車輪外れんじゃないのこれ!?」

下の方から聞こえる奇怪な金属音を気にする退をよそに、はカウントダウンを開始

「スリー…ツー、ワン、」

ペダルから足を外して投げ出す
もちろんブレーキなんか使わない

「ゴオオォォ!!」
「うごっ!!」

更にスピードが上がる。前の見えない退は、いきなりの加速にがくっと鞭打ちになった。

車輪はいよいよ甲高い音を上げて、もつれそうなくらいの猛スピードで回転
左右の景色がどんどん流れて、視界の両端で色がごっちゃになる。

「ヒュ〜〜〜!」
「…げ!!ちょっ、ヤバイ!ストップ!!」
「は?」

耳を通り過ぎる風の音の後から、焦った退の声と背中が叩かれる感覚。
何だろうかと思ったら、の視界に突如茶色いものが飛び込んで、ゴロゴロ…

「…はああぁあ!?」
「ヤバイ!やばいって!!」
「何やってんだよテメッ…ちゃんと持っとけー!!」

退の抱えたスーパー袋から転がり落ちたジャガイモの群れが、愛車とデッドヒート

「だからストップだって!」
「馬鹿!止まったら奴等が先に行っちまうだろうが!」
「あ………じゃあそれを拾ってくれたうら若き少女と恋に!?」
「こんな時に夢見てんじゃねェ!!」

ジャガイモと並走しながらは、はっと思いついたように姿勢を低くする

「体伏せろ退!空気抵抗を極限まで抑えるんだあ!!」
「え!?」
「俺らが先に下りて奴等を待ち伏せんだよ!」
「は、はいよォォ!!」

2人で競輪選手のような前傾姿勢
その横に並んで転がるジャガイモのうちの1つが、前輪に近付いて来た。

…ごりっ

「おわああ!!?」

浮き上がった前輪に慌ててはブレーキを握るが、それでかえって状況が悪化、
平衡感覚を失った車体は火花と轟音を散らして、絶叫する乗員共々豪快に吹っ飛ぶ。

ガキッ ガリガリゴリゴリ…

ぐるんと2人の視界が一転して、映ったのは真っ青な空と白い雲。
…そしてこんな自分達を嘲笑うかのように、悠々と飛び去る鳥の群れ。





カラカラカラ…
歪んだ車輪が虚しく空回りするその横で

「退ー……生きてる?」
「…たぶん」

摩擦でボロボロに擦れた制服の真選組が2人。

「……え?っああああ!!!」
「ああ?」

いたた、と起き上がった退は、ふと坂の下を見て真っ青になる。
それに気付いたも転がったまま退の視線を追って…同じように真っ青になった。

「「…きゃー!!」」

2人が見下ろす先には、自転車のカゴから零れ落ちたスーパー袋…から流れ出す大量の食材。
パック入りの肉や箱入りの商品は問題ないが、丸い野菜は話が違う。
先陣を切るジャガイモに続けとばかりに、ニンジン、キャベツ、トマト…色とりどりの野菜が駆ける。

そして事を最悪にしているのが、その更に向こうで物凄い形相をしている…

「テメェ等何やってんだあああァァ!!!」
「副長オォ!ホシは複数犯です!!晩飯に必要なので1つ残らず取り押さえて下さい!!」
「因みに肉じゃがだそうです!」
「上等だコラァ!いっぺん死んでこい!!」



盆地の江戸にそんな坂あるもんか!(台無し)

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2005/6/26  background ©RainDrop