Joker


 最近ちょっと考えるようになったのは、あいつ、実はとんでもない切り札隠し持ってんじゃないかってこと。




 もう10日目だ。これは確かな数字。携帯電話の発信履歴に、きっちり残っているから。

 はどっちかと言わなくても口の悪い方だけど、子供じみた台詞が多くてそれがまた可愛かったりする。でもその中で時々トゲのあることを言うときがあって、まあ本人はあんまり考えずに言ってるんだろうが、それが逆にリアルで俺にはなかなか痛かったりするのだ。それに俺もついカッとなって言い返してしまう。思えば最初会ったときも似たようなものだったけど、最近のそれは表面上変わりなくても底の方では本音が見え隠れしていて、とてもいいものじゃない。
 今回の発端は、の『暇人なんだからそっちが合わせろよ』という発言だった。電話だったのだけれど、俺がいついつの何時ごろに会いに行きたいと言うと予定が合わなかったようで、向こうの都合を押し付けられた。まあ俺だって自分が(社会から見て比較的)暇人であることは承知しているけど、その次の日には結構ちゃんとした―万事屋ってのは本当に呆れるほどくだらない仕事が多いもので―仕事が入っていたから、その言葉にはカチンと来てしまった。いつもなら流せるはずなんだが、こういうタイミングというのはコントロールが効かないだけに中々侮れない。それで俺が返したのが『そうだね、ヒラは忙しいもんね』我ながら馬鹿なことを言ったと思う。が自分の仕事になかなか結果を出せずにやきもきしているのも承知の上だった、その時は。

 このボタンひとつ押せば繋がるんだ。ディスプレイに映ったの名前と11桁の数字、その下には発信ボタン。
「あれ、坂ちゃん携帯なんて持ってたのかい」
 いつもは飲みながら携帯電話なんていじらない―むしろ持ち歩かない―俺を、店主が珍しそうに覗き込む。俺の浮かない気分でも察したのだろう。一番忙しい時間帯だってのに、本当に気の利く人だ。心遣いが素直に嬉しくて、「まあね、使ってないけど」と笑って見せると「俺も同じようなもんだ」と笑い返して厨房に消えて行った。
 手順は簡単。ボタンに添えたこの親指にほんの少しだけ力を込めたらマイクに向かって一言謝って、「飲みに来ない?」と誘えばいいだけのことだ。だがすんなりそうするにはちょっと引っかかるというか、癪に障る。ちっぽけなプライドなのは百も承知だが、しょうがない。俺、男だし。
 結局今夜も来なかった。




 頭蓋骨を内側からカナヅチで叩くような―つまりものすごい頭痛と、アナウンサーの声で目が覚めた。夕べ、ふらふらになって帰宅してなんとか靴を脱ぎ居間まではたどり着いたが、そこで力尽きてソファで寝てしまったのだ。1人でトコトコ起きてきた神楽がぼさぼさの頭のままテレビをつけて、朝の星座占いを見ている。
「おま、音でけー…」
「やったネ!うお座の金銭運最高アル!」
 年頃の女の子が1番に金銭運に食いつくってどうなの…俺はうっとうしそうに狭いソファで寝返りをうちながら、いちご牛乳を持ってくるよう頼む。機嫌がいいのか、神楽は珍しく素直に従って台所へ歩いていった。
『てんびん座の方、ごめんなさ〜い』
 再び眠りの世界に落ちようとしていたところに、いつもは気にならない占いの声がいやに大きく響く。だからいつもは見ないのに画面まで見てしまう。紫っぽい暗い画面の左上には「12位」の表示、真ん中に表示された5つのハートマークには1つしか色が付いていない。ラッキーアイテムは―
「銀ちゃーん、はい」
 ごつ、と紙パックが額に押し付けられた。冷たくて少し気持ちいいが、起き上がって口にしたいちご牛乳はなんだか胸焼けするほど甘かった。

 言うほどモテないわけでもないと思う。性格も(概ね)真面目だし、背の高さだって人並みだし、顔のつくりはむしろ平均以上。ただちょっと取っ付きにくいというか人を選ぶような雰囲気があるから、軽々しい女はあまり寄り付かないだけのこと―つまり分かる奴には分かるってことだ。そういう目で見てる女はきっといる。こんなことしてる場合じゃないじゃん。意地の張り合いならもうたくさん。まさかもう手遅れなんてことは―いや、考えすぎ、か



 なんで酒って、気分次第でこんなに味が変わるんかなあ…不思議だ。1人で飲むのも嫌いじゃないけど、と2人で飲むのはなんていうか特別。それが例えこんな沈黙の中であっても、ね。
 昼休みだったろうけど、2回のコールで取ってくれたのは嬉しかった。「今夜飲もうよ」っていう唐突で短い誘いに「わかった」ってすぐ返事をしてくれたのも。そして、いつもより早い時間に(それでも俺の方が早いけど)来てくれたのも。
 1杯目のビールは八割方空いた。口の中ではハツをもぐもぐ噛んでいる―味がなくなるまで噛むその癖、貧乏くさいから止めろって言ったけどなかなか直らないな。
「あのさ、―」
 俺は引き下がったわけじゃない。1歩譲っただけだ、いや譲ってやったんだ。本当の大人の男ってのはこういうもん。変な意地張るのはガキな証拠。なんやかんや文句を言い返して来たって全部聞いてやるよ。だから一見折れたように見えて、勝ったのは俺の方なの。俺の勝ちなの―
 短いけど心からの一言を聞いたは文句を言い返すどころか、体をこっちに傾けてコツンと俺の肩に頭を預ける。まわりからは酔って絡んでると見えるように―でもカウンターテーブルの下では指を絡めて―俺にしか聞こえない声で。
「銀だいすき」
 ん、…あれ?



スキマスイッチ『飲みに来ないか』があまりにもピッタリ来たので、つい。とってもかわいい歌です


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2006/8/6  background ©CHIRIMATU