「……何だコレ」
帰りのHRを終えて、部活へ向かう途中。下駄箱を開けたが眉間に皺を寄せて呟く。一緒に居た笠井がその中を覗き込むと白い紙。可愛げのある字が並んでいるのがうっすら見えて、感心したようにへえと漏らす。
「にもそういうのあるんだね」
「え、こういうのって現実にあるのか?」
「そうみたいね」
「へえー」
は紙を手にとって軽く目を通し、珍しげに裏表を眺めている。
「は女の子寄せ付けない感じなのにねえ」
「そんなつもりはねーんだけど…誠二連れて先行っといて」
「行くの?」
「え、だって悪いだろ?」
外履きのスニーカーを履きながらが答える。
「そりゃそうだけど…遅れないようにね」
「分かってる」
笠井がを見送って、自分の靴を取り出して、下駄箱を閉めた、丁度そのとき。HRが長引いたらしく、遅れてやってきた藤代が現れる。
「あれ、まだ?」
「女の子に呼び出されてお取り込み中。先行ってろってさ」
「……呼び出し?」
「いくら誠二でも大体想像付くでしょ」
「まあ、そうだけど……ふーん」
気に食わなそうに唇を尖らせた藤代を見て、笠井は小さく短く溜息をついた。
若葉組
翌日の昼休み。クラスが別々の3人は、昼休みにはいつも一緒に購買に行って、藤代のクラスで食べる。食べ終わると5限が始まるまで時間を潰す。は本を読んだり、笠井は藤代の宿題を手伝ったり。
「〜」
「……重い。っていうかテメーこれくらい自分でやれよ」
「冷たーいけどあったか〜い」
「相変わらずアッタマ悪いなぁお前は…」
「竹巳が写さしてくれるからいいもーん」
笠井は隣の教室までノートを取りに行っている。
「竹巳はテストまで付き合ってくんねーぞ」
「じゃーが付き合って?」
「竹巳〜この馬鹿なんとかして〜」
そこに丁度帰って来た笠井が、ドアの所で女の子に呼び止められる。少し話した後、一際大きな声で窓際にいる藤代を呼ぶ。
「誠二!」
「んー…?」
生返事の藤代。は笠井の横にいる女の子の様子を見て、すぐに状況を把握した。
「行ってやれよ。愛の告白だろ」
「んー……」
「誠二!早くしろ」
「…はあい」
ぐずる藤代を笠井が急かす。藤代は鈍い動きでドアへ向かった。まぁこうもしょっちゅう昼休み潰されちゃ嫌にもなるか。モテる男も辛いねえ…などとは考え、軽くなった肩を少し動かす。藤代は女の子と二言三言話して、何やら受け取っている…そこへ笠井が帰ってくる。
「なーに見てんの。可愛い顔しちゃって」
「……うっさい」
気まずくなって持参の文庫本に視線を戻すが、笠井は尚も話しかける。
「ったく、あんな単細胞のどこがいいんだかねえ?」
「あー?女心なんてわかんねぇよ」
黙ってしまった笠井に不安になる。視線を上げて、目の前の笠井、ドアの横の藤代、と目で追う。なんだ、珍しく長めに話し込んでるな、と思う。そしたら藤代が左手を頭の後ろにやって、頭を軽く下げて、女の子が少し俯く。手を頭にやる癖も、頭を下げるのも、いつも通りかと思いまた本に目を遣る。
―そんな様子のを見て、笠井は気付かれないようにそっと笑った。
「罪な男だねー誠二は」
「あ?あー…そーだな。あんな可愛い子振っちゃってな」
「そうじゃなくて。傍に居ても、居なくても…に落ち着いて本読ませないもんね?」
声が少し上ずって、笑った風に言う笠井にが顔を上げると、やっぱり笠井は笑っていて。は気に食わなげな顔をする。
「………どういうことだよ」
「さあ?自分がよく分かってるんじゃないの」
「…竹巳は女心よりわかんねえ」
「そりゃどーも」
笠井はとても賢いのに鼻に付く感じがなくて、優しくて、友達としても付き合いやすいけど、時々こうやってよく分からない事を言うのが嫌だとは思う。
いや、もしかしたら分かってるのかも?分かりたくない、目を背けたい事を、こうして掘り出そうとするから嫌なのかもしれない。それが彼の善意なのか悪意なのか自分の知るところではないけれど、有り難くないのは間違いない。
「あれ、もう帰るの?」
「…5限の予習終わってない」
「いつも予習なんてしないじゃん」
「……今日はするんだよ」
意地悪く問い詰める笠井に、低い声で言い返しては席を立った。昼食のパンのゴミを乱暴に丸めてゴミ箱に投げつけて、わざわざ藤代のいない方、遠い方のドアから出て行く。竹巳はそれを見てまた少し笑って、藤代の汚いノートと、持ってきた自分のノートを照らし合わせ始めた。
「あれー?竹巳、は?」
「5限の予習終わってないからって先に帰ったよ」
「…なんで?」
「だから予習終わってないんだって」
「……ふーん」
「それよりここ。早く写せよ」
「…はあい」
覇気のない返事。ノートを写し始めた藤代の横に肘を付いて、パック入りの紅茶を啜り、笠井は窓の外を眺めながらどうしたもんかと考えていた。
*
帰りのHRを終えてが教室を出ると、藤代が1人。
「おーす誠二。竹巳まだ?」
「今日は先に行ってるって」
「ふーん?じゃあ行くか」
いつもと違って歩みののろい藤代をは不思議に思ったが、何も聞かないまま昇降口まで下りて、下駄箱を開けて、今日は何も入っていなかったことに少しほっとした。校舎を出て部室に向かって歩き出したとき、後ろの藤代がやっと口を開く。
「」
「んー」
「なんで今日の昼休み、先に帰っちゃったの?」
「…5限の予習が終わってなかったんだよ。竹巳から聞かなかった?」
「そうじゃなくて」
「なんだよ」
「は、何とも思わないの?」
「…なにが」
「俺のこと好きって言う子がいるんだよ」
「めでたいじゃねえか」
「俺は気になって仕方ないよ」
「はあ?だから何なんだよさっきから!」
後ろから、いつもより若干弱々しい声で、遠回りなことをつらつらと話す藤代に痺れを切らしてが振り向く。藤代との距離が思ったよりも近くて驚き、藤代の目が思ったよりもずっと真剣で面食らう。
「
―――…なん、だよ」
「俺知ってるよ。、昨日の放課後女の子に呼ばれたでしょ」
「!」
口止めしなかった自分が悪いとは思いつつも、は「竹巳の奴…」という言葉を噛み殺した。
「俺ずっと見てた。部活の時間過ぎても」
「はあ!?何してんだよお前!」
「気になって仕方なかった。が頭下げて、女の子が泣いて走り去るまで…目が離せなかった」
はもう目を合わせていられなかった。
「を持って行かれるんじゃないかって」
「……バッカじゃねえの…」
「…ね、どこにも行かないって約束してよ。俺、が他の女と付き合うなんて耐えられない」
肩を両手で掴んで、体を屈めて、縋るように言う藤代に、が独り言のように呟く。
「…お互い様だろうが」
「え?」
「俺は女と付き合う予定はねえ!…お前がそうするまではな」
藤代の手を払って、が言い捨てた。そのまま足早に部室へと向かう。
「え……え?!?」
「練習遅れるぞ」
「ちょっと待っ…!ねえ!今のって!?」
「言ったまんまだ!ちったァ頭使え!!」
「んーと、だって、俺が女の子と付き合う予定までは…え?え?」
「
――バカ!!」
「あっ、ー!」
「はー、つくづく手の掛かる2人だね」
迫る誠二と、それから逃れるようにして部室に駆け込んできたを見て、笠井はまた短い溜息をついた。
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2005/4/1 background ©CAPSULE BABY PHOTO