ずっと疑問に思ってたんだ。本当の強さってなんだろうって。
思えば俺は、その答えを求めて、ここまで…お前に付いて来たのかもしれないな。
もう夏が終わる。お前はまた強くなる。
僕の最後、君の最初
中3の夏、東京都地区予選。武蔵森中学サッカー部、準決勝敗退。
先輩達を越えられなかった。
それは憧れであり、目標であり、ライバルであり、立ちはだかる高い壁であり。
ことあるごとに引き合いに出されて、比べられて、落胆されて。最後までその繰り返し。
黄金世代の大きな影に隠されて、一度も陽の光を浴びる事なんてなかった。
その薄暗い中で、自ら力強く輝くお前は本当に眩しかったな。
敗戦の夜。
寮の屋上に出て、空を眺めながら。
東京の空は醜く淀んで、こんな夜くらい奇麗な星空を見せて欲しいものだと思う。
ガシャン
フェンス越しに、月明かりに照らされた練習場が見える。
もう、そこに立つ事はないんだと思うと、絶対にしないと決めていたのに…
後悔の念がこみ上げて来そうで、思わずきつく目を閉じた。
重い空気のロッカールームをぼんやり思い出す。みんな揃って頭を垂れてる。
竹巳も、見えないようにしてるけど、泣いてるって分かる。
間宮は気付いたらいなかったから、きっとどこかでこっそり泣いてるんだろう。
大丈夫だよ。お前等ならこの先でもやって行ける。レベルの高い所でやれば、きっともっと伸びる。
お前は、何も言わない。
無理して明るく振舞う事もしないし、悔し涙も流さない。
へらへら笑ったら妬まれるし、泣いたって疑われるからだろ?
何も分かってないようで、本当はすごくよく分かってるのがお前だったから。
一際飛び出ているからこそ、お前にしか分からない苦悩も沢山あったんだろう。
武蔵森高校サッカー部となれば、プロになる為のステップアップ。そういう集団だ。
俺は、そのメンバーじゃない。それくらい自分で分かる。
元々、部活は中学まで、と医者である父と約束していたし。
だから、多分これが…俺と、こいつ等と一緒にやる最後のサッカーだった。
それでも、仕方ない。
トーナメント戦となれば、殆どのチームは負けて終わるんだ。その中の1つくらい。
そうして俺は泣かなかった。
「かっこ悪っ」
こんな所で1人で泣くなら、あの時みんなと一緒に泣いたら良かったのに。
人前で泣くよりよっぽど恥ずかしくて、情けなくて、虚しい泣き方だと思う。
「」
「!!…誠、二」
屋上のドアを開けたままこっちを見てる。
階段の蛍光灯が逆光になって、シルエットしか見えないけれど。
ドアが閉まったら、急に光を失った目は何も見えなくなって、気付いたら誠二が隣にいて。
一緒に練習場を見下ろす。
別に聞いて欲しいわけじゃないけど、独り言じゃなくなる事に安心して俺から口を開いた。
「…俺は、精一杯やったよ。だから後悔はしない…でもやっぱり悔しいかな」
悔しい、と言葉に出したら、何かしっくり来なかった。
なんつーのかな…これ。悔しいって言うより…もどかしいっつうの?
どんだけ背伸びしても、ジャンプしても…届かない木の実みたいな感じ。
「トーナメントで勝てんのはたったの1チームだ。仕方ねえよ」
仕方ない、と言葉に出したら、何か酷く情けなくて申し訳なかった。
そんな言葉で片付けられるような物じゃないって分かってる。
俺は何を言っているんだ。
「お前は目一杯悔しがれよ誠二…お前には、それを挽回できる舞台も力もある」
ああそうだ、これが言いたかった
「お前とのサッカー、楽しかった」
ありがとう
「―!!」
涙を拭ってからフェンスから離れ、ドアへを向かう俺を誠二が呼び止める。
確かに言いたい事言い散らかして悪かったかなと思って振り向いたら、必死な顔をしていた。
「…俺…、もっと上手くなる。もっと強くなる」
「どんなに強い奴だって負ける時はあるよ」
「俺は、負けないために強くなるんじゃない…そうじゃ…そんなんじゃなくて、」
「…ああ……お前と一緒にいて分かった」
夏の終わりを告げるように、少しだけ冷たい空気を吸って、
ゴールテープを切った俺から、新たなスタートラインに立つお前に捧げる、精一杯の言葉。
「強くなれよ誠二!」
「
――うん!」
そう言ったお前の瞳は、もう十分な強さを湛えているように見えたから。だから俺は笑ったんだ。
お前も、きっと自覚してたから。だから笑ったんだろう。
再び背を向けてドアまで歩く間、ふと俺達が最強のチームに思えて、また笑った。
1度も後ろを振り返らずに自室に戻った自分がやけに誇らしかった。
中等部よりも更に広い武蔵森高校の敷地。
その中でも高い割合を占めるサッカー練習場は、校門からは少し離れた隅の方にあるのだけれど。
時間のあるときは、わざわざ遠回りして帰ることにしている。
「あっ!〜!!」
フェンス越しの俺に気付いた恐るべき視力の持ち主が駆け寄ってきた。
「誠二…オイオイ、練習中じゃねーのか」
「今紅白戦なんだけど、俺出てないからつまんなくて」
「相変わらずだなあ…」
「に俺のプレー見せたかったあ」
「バーカ。同じ学校なんだし、またいつでも見に来るっつの」
「マジ!俺頑張っちゃう!!」
「ああ、そういえば先輩とかあいつ等とか…みんな元気?」
「もっちろん!みんな全然変わってないよー」
「…誠二が一番変わってないように見えるけど」
「えーそう!?俺かなりレベルアッ…「コラ!藤代ー!!」…あ、やべっ」
「やっぱり変わってねーな」
「へへ…ゴメン、じゃまたね!」
「おー、頑張れ」
「絶対見に来てよ!?」
「はいはい」
すんませーん、と全然反省してなさそうな声を上げながら走り去る背中を見届けて、また歩き出す。
空を見上げたら、照明灯とその向こうの青のコントラストに目が痛い。
また夏が来る。
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2005/4/7 background ©SPACE