「…あれ、お前また来たの」
「にゃあ」
 買い物から帰って来た万事屋・坂田銀時が階段を上った先で立ち止まる。こげ茶の野良猫が、ドアの前で丸くなっていた。
「どーせ食いモンねだりに来たんだろー、ロクなもんないよ?」
「にゃー」
 言いながら、懐っこく鳴くその猫を空いた手でひょいと抱き上げ、ガチャガチャと鍵を開けて中へ入った。


ぎんさんといっしょ


「ちょっと待ってな」
 銀さんはぼくをそっと床の上に下ろして、スーパー袋を提げたまま台所に向かう。その後をついて、見慣れた廊下を歩いた。
「あっはは、くすぐったいよ」
 靴を脱いだ素足に纏わり付くと、笑いながら足でじゃらしてくれる。そうしながら、上の方ではぼく用のお皿にごはんを盛ってくれる。
「ん、できたよ。おいで」
「にゃ」
 居間に戻るのを、また付いて歩く。真ん中に向かい合わせに置かれたソファの横にお皿が置かれて、
「はいどうぞ」
「にゃー」
 あっ煮干しが入ってる!いつもは大体、ご飯の余りとカツオ節っていう、いわゆる猫まんまなんだけど、時々こうやって煮干しとか、猫缶とか入れてくれる。わざわざぼくの為に買って来てくれるんだなあって思うと、ほんとうにありがたくてうれしい。


「んー、よしよし」
 ぺろりと平らげたら、お礼の気持ちを込めて、ソファに座った銀さんの足に頬擦り。すると両手で抱き上げられて、目線が同じ高さになる。銀さんはぼくをじいっと見つめて、はあっと悩ましげな溜息をついて
「あー…可愛いなあは…人間の女だったらスゲー別嬪だよ絶対。そしたら結婚できたのにー」
「……にゃ」
 それ随分むりがあるよ。でも、銀さんがそう言ってくれるなら、ぼくは生まれ変ったら女の人になりたいと思った。




 郊外の田舎町で生まれたぼくは、ちょっと前に親離れをしたんだけど、縄張り争いから始まったお隣さんとの大喧嘩に負けて、そこに居づらくなっちゃって。ちょうど都会に憧れてたのもあって、ひとりで江戸へやって来た。けど江戸ってすっごく賑やかなのに、田舎者には冷たいんだ。野良猫はたくさんいるのに、すれ違う時はみんなツンとして知らんぷり。いい匂いのするお金持ちの家の飼い猫なんてもっと酷い。汚いものを見る目でぼくを見るんだもの。人も、野良猫なんて珍しくないから中々相手をしてくれないし。
 田舎に帰りたくてもなんとなく気が引けるし、ぼくは意地っ張りだから、ゴミ捨て場を漁って細々と暮らしてた。
 でもある時、タチの悪そうなグループに言い掛かりをつけられて、喧嘩…っていうよりは、一方的に暴力を振るわれた事があったんだ。傷はそんなに酷くはなかったんだけど、精神的に参っちゃって…道端で暫く横になってた。通りすがる人は死んでるのかと思って、できるだけ視界に入れないようにして去って行ったよ。
 街の冷たさがいつにも増して身に染みて、このまま眠ったら本当に死んじゃうかも…って思い始めた。そんな時に手を差し出してくれたのが、銀さんだったんだ。って名前も、銀さんが付けてくれたんだよ。




―――…」
 あれ、気付いたら寝ちゃってたみたい。銀さんの膝の上はあったかくて、いつも気持ちいい。上を見ると、銀さんも眠たげな目でぼんやりテレビを見てる。
「…にゃ」
「ん?…ああ、起きた?」
「ゴロゴロ…」
 小さく鳴くと目線を下げて、顎をゴロゴロ撫でてくれる。また眠くなってきちゃったなあ………
「…――げっ!!ちょっ…!」
「?」
 心地よく目を細めていたらいきなり、銀さんがぼくを両手で掴んで腕を突っ張った。突然のことで、ぼくはキョトンとしたままブランと垂れ下がる。
「これノミじゃねーか!?つうかノミだよ!絶対ノミだよ!あーも〜〜〜!」
 銀さんはひとりで叫びながらぼくを小脇に抱えて、どたどたと廊下を走る。ぼくは嫌な予感がして…銀さんの片手がドアをガラっと開けたら、無意識のうちに叫んでた。
「フギャー――!!」
「こらっ、奇麗にしないとだめだろ!!銀さんがノミに刺されたらどーすんの!」
 そりゃ確かに困るけど、猫っていうのは理屈抜きで水が嫌いなんだ。お風呂なんて以ての外だよ!
「ギャー―ッ!」
「あーあー大人しくしろって」
 シャワーのお湯をざばっとかけられると鳥肌が立つ。猫だけど。ほんとうは力一杯暴れて逃げ出したいんだけど、銀さんを引っ掻いちゃうわけにはいかないから、とにかくぎゃあぎゃあ叫んで耐えた。


「ふー、すっきりすっきり、だろ?」
「………」
 居間に戻って、また銀さんの膝の上。タオルに包まれてほこほこ湯気を立てて、むすっとしてるぼくを銀さんの手がわしわし拭く。
「はい、あとは自然乾燥。んー、いい匂いいい匂い」
 まだ少し水気の残るぼくを両手でぎゅっと抱きかかえる。銀さんがそう言ってくれるなら、我慢した甲斐があったかな。
 鼻を包み込む匂いは、せっけんのなのか、銀さんのなのか、よく分からなかったけど。とっても優しくて気持ちよくて、またすぐに眠りにおちた。



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2005/6/4  background ©hemitonium.