こげ茶の野良猫が、トカゲを追いかけて江戸の町を駆ける。
ひじかたさんといっしょ
まてまてまてっ
今日のお昼ご飯を探していたぼくは、やっと見つけたトカゲを逃してなるものかと懸命に追いかけていた。銀さんの所に行けばきっと多分、何かしら食べさせてもらえるんだけど、万事屋はいつもお金に苦しい話をしているし、あやかってばかりなんて野良猫のプライドが許さないから。普段はこうして自分で餌を見つけて、銀さんの所に行くのはだいたい週1回くらいって決めている。
それにしても目の前のトカゲはすばしっこくて、もう少しで手が届きそうなのになかなか仕留められない。迂闊に尻尾だけ触ってしまうと、そこだけ切り離して逃げられるから(この間やられた)何としても一発で仕留めなきゃならない。
あっ茂みに逃げ込む気だ。逃がさないぞ!
ガサッ
「…にゃっ!?」
「あれ。野良猫ですかねィ」
びっくり。茂みだと思ってたのは垣根だったらしく、どこかの敷地に入り込んでしまったようだ。見上げる先には黒づくめの男の人が2人。驚きのあまりトカゲの事なんて頭から飛んでしまった。
「野良にしては可愛いじゃないか〜、おいでおいで」
片方の背の高い、顎ヒゲの人がしゃがみ込んでぼくを呼んでいる。万事屋以外の江戸の人は信用しないぼくだけど、人の良さそうな笑顔を見ると、大丈夫かなと思ってしまう。
「よしよし」
「にゃー」
逃げないでいたら、やっぱり優しく抱き上げてくれた。万事屋関係の人以外に抱っこされるなんて初めてだなあ。隣にいた茶髪の男の人(というか少年)が、ぼくを覗き込んで
「食堂で魚の余りでも貰えるんじゃねぇですか?」
「そうかもなー」
「…!」
さかな…?魚肉なんてここ暫く食べていなかったから、聞いただけで思わず舌なめずりしてしまった。それに気付いた顎ヒゲの人は可笑しそうに顔を綻ばせて、
「ん?食べたいのか?よしよし分かった」
銀さんとはちょっと違って、お父さんみたいな人だと思った。銀さんはどっちかって言うと…お兄さんって感じかなあ。本人は恋人って言いそうだけど。
腕に抱かれたまま連れて来られたのがどうやら食堂らしい。ずいぶん大きな建物だなあ。お昼時ももう終わりらしくて人は疎らだけど、机と椅子が広い一室にずらっと並んでいる。
「すいませーん、魚余ってないですか」
「魚?ええありますけど…って、あらやだ近藤さん、食堂に動物持ち込まないで下さいよ」
「あっはは、すいません。お腹空かせてるみたいなんでね…あ、どうも」
この顎ヒゲの人は近藤さんっていうらしい。食堂のおばさんから魚の乗ったお皿を受け取って、ぼくににっこり合図してくれたから、ぼくもにゃーと鳴いて返す。
「よしよし、また怒られるから外で食べようなー」
「あ?何してんだ近藤さん……猫?」
食堂を出ようとしたところで、今度はまた別の男の人がぼくを覗き込んできた。咥え煙草で人相が悪くて、ちょっと怖い。
「さっき迷い込んで来たんだ。野良みたいだけど、可愛いだろう」
「アンタどこまでお人好しなんだよ…」
「……にゃ」
なんだか鬱陶しそうに睨まれて、思わず近藤さんの腕の中に隠れた。
「あっトシ、猫ちゃん怖がってるぞ!やっぱり本能的に分かるんだなー」
「…何がだよ」
トシ?あだ名かなあ。ヤクザみたいっ
「さ、お食べ」
「にゃー」
近藤さんは中庭に出たところでぼくを下ろして、目の前にお皿を置いてくれる。久しぶりのご馳走(ちょっと味が濃いけど)に、夢中になってかぶりついた。最後にお皿の隅々まで奇麗に舐めて、ご馳走様…と顔を上げたら、あれ、近藤さんがいない。
お昼休み終わっちゃったのかな…
ちゃんとお礼も言えなくて残念、と思いつつ回りを見たら
「………!!」
さっきの煙草の人がすぐ傍の縁側で、また煙草を吹かしながらこっちを見てた。変わらず鋭い目付きに、背中の毛が逆立つ。片方の手がぬっと伸びてきたけど、体がすくんで動かない。こわいこわい…お願いだからいじめないで!ぎゅっと目を閉じる。
「……?」
けれど予想に反してその手は優しかった。ぼくは軽々と持ち上げられて、至近距離で向かい合わせになっている。あれ?さっきはあんなに鋭くて怖い目に見えたのに。こうして見ると、奥の方にちょっと…優しさが見えるような。
「…お前やけに奇麗だな…飼い猫か?」
「にゃあー」
違うよ。
奇麗なのは、昨日銀さんが(無理矢理)洗ってくれたからだよ。
「ん…よしよし」
「ふにゃー…ゴロゴロ」
「ははは」
膝の上でこちょこちょ撫でてくれるから、仰向けになってゴロゴロ甘える。細めた目で上にある顔を見上げたら、さっきよりもっと優しい顔して笑ってる。さっきの剣幕はどこへやら…隠された一面を発見できたみたいでうれしくなっちゃう。
「よっ…一緒に昼寝でもするか?」
「にゃ」
ぼくを両手で抱えたままどさっと仰向けに横になって、今度はぼくの方が上になった。見上げてくる目はやっぱり優しくてきらきらしてて、子供みたい。胸の上に乗せられたら、首や顎にすりすりする。
「はは、くすぐってぇよ…」
ふざけたようにちょっと強く小突かれるけど、本当は全然怒ってないってわかる。子猫みたいな甘えた声でみゃあと鳴くと、途端に優しく撫でてくれるもの。
今日はここでお昼寝かなあ…と、思っていたら
「…土方さんにも意外な一面があるんだにゃー」
「………!!?」
背後からの声に、いきなりびくっとして起き上がった。勢いで落ちそうになってぼくもびっくり。片手で支えてくれたから大丈夫だったけど…振り向いた先には…あ。さっきの茶髪の少年。
「そんな顔して動物好きたァ。にゃんにゃん語で会話でもしてたのかにゃ?」
「ばっ……総悟!!」
ああ、この人の本名は土方さんだったんだ。ひやかされて真っ赤になってる…やっぱり人も猫も見た目で判断しちゃいけないよね。
≪ぎんさん
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そーごくん≫
2005/6/18 background ©hemitonium.