久々の江戸。真っ先に立ち寄ったのは、相も変わらず進化を続ける国際ターミナル。
「はあ〜こりゃまた…ちょっと見ねえ間にまた立派になってやがる」
愉快犯
忙しなく出入りする人の波の中で立ち止まり、じっとターミナルを見上げる。その横に1人の男が立ち止まって話し掛けた。
「江戸は変わったか」
その声にが振り向くと、たちまちぱっと表情を明るくする。
「コタロー!」
「久しぶりだな」
「うんうん、元気だった?」
「見ての通りだ…全く、今までどこで何をしていた?」
「ンー?…まあ、色々?」
「お前は昔からそれだ…その気になれば江戸を潰すくらい容易いだろうに」
「まあね?でもそんな呆気なくっちゃつまんねーじゃん!もっと楽しく行こうぜ〜」
「せっかくの愛刀が泣くぞ」
「そんなことねーもん。コイツは俺に似て楽しさの分かる奴なの」
「それはめでたいな…」
話もそこそこに手頃な屋根の上に移動する。桂の事を気遣って人通りの多い所を避けるため、話す時は屋根の上で江戸の街を見下ろしながら、というのがいつもの2人のパターンだった。陽に当たって暖まった瓦屋根に寝転んだは、浮かぶ雲に煙管の煙を思い出したのか、
「そーいや最近晋助見てねーや」
「ああ…この間久しぶりに見たな」
「ほんと?すれ違いになっちゃったか〜、元気そうだった?」
「必要ないくらいにな」
「あっはは、そりゃよかった」
「銀時には会ったか?」
「天パ?んーまだ。なんか会ったら即金返せって言われそうで」
「まだ返していなかったのか」
「お金って難しいね桂くん…」
「………」
「辰ちゃんに借りよっかな〜」
「結局変わりないだろうが」
「そうね〜どーせ滅多に会えねーし…まだフラフラしてんの?」
「坂本か?」
「うん」
「そうらしいな。少し前に置き土産があった」
「お土産?なになに?辰ちゃんのことだからな〜すっげー珍品とか?」
「エリザベスだ」
「…エリザベス?なにそれ。アメジストの親戚?」
「違う。見せてやりたい所だが、今買い物中でな」
「買い物………ふーん」
おいおい生き物かよ。でもペットは買い物なんか…とは考えたが、なんだか聞くと話がややこしくなりそうなので軽く流して、話題を変えることにした。
「ああ、最近の真選組はどーよ?」
「テロに関しては相変わらず目を光らせているが…お前の名前は聞かないな」
「ふーん…土方も元気にしてるかな〜」
「…まったく…真選組を弄ぶなんてお前ぐらいだろうな」
「ふふふ…そーかもね〜」
そう言って浮かべた笑みの、なんと満足そうなこと
*
話は数ヶ月前に遡る。例によってがふらっと江戸に現れて、日当たりのいい屋根の上で桂と話していた時。屋根から下の通りを見下ろしていたが、黒い集団に目をとめる。
「あっ!コタロー、真選組だよ」
「…全く暇な奴ばかりだな」
「俺ら含めてね…なあ、どれが一番偉いの?」
「あの中でか?…局長の近藤は見当たらないが…一番腕が立つのは沖田だろうな」
「沖田?どれ?」
「一番背が小さくて髪色が明るい奴だ」
「ふー…ん…若そうなのにね」
「それと煙草吸ってるのが副長の土方だな」
「ああ、あれが噂に聞く鬼の副長か。へえ…」
「…余計な事はしない方が身のためだぞ」
何か考えている様子のに桂が釘を刺したが、
「ふふふ。ご心配どーも」
果たして効いていたのかどうか。
攘夷戦争中、桂や銀時の元に、俺も仲間に入れてくれとやってきたのがだった。その頃から1人ふわふわと浮いたような存在で、自ら仲間に入ったにも関わらず、たまに現れて共に戦ったと思ったら、次の時には誰にも気付かれずに居なくなっていたりした。腕は誰よりも立ったが、実力は未知数。喋りに訛りはなく、幼顔に似合わぬ上物の刀を携えていたが、素性は謎。名すら仮名ではないかと疑う者もいた。仲間内でさえについて知っている事と言えば、その名と気まぐれな性格と快楽主義。それくらいだった。
それは戦後も変わりない各地でのテロに裏で根回ししているんだか、いないんだか
真選組の間でも彼の名前は攘夷派の暗躍者として桂、高杉と並んでよく知られているが、もちろん彼に関する記録は何も残っておらず、とは名ばかりで、実体は攘夷が仕立て上げた架空の英雄だという考えが通っていた。
陽が沈んで肌寒くなった頃、は桂と別れた。その後もは江戸の街をふらつく。街の中は数ヶ月前と変わっていないようで少し安心していた。辺りが暗くなり、月が出始めた頃、後ろから声を掛けられる。
「おいアンタ。こんな時間に何してる?」
この辺は治安のあまりよくない区間なのだろうか、まあこんな時間に1人でアテもなくふらふらしていたら怪しまれても仕方ない。適当にはぐらかそうと顔に善人面を貼り付けて振り返っただったが、その先の男を見て素に戻ってしまった。
「……あ、鬼の副長だ」
「?…何モンだテメェ」
訝しんだ土方が、刀のつばにするりと左手を掛けた。そのすぐ後、闇で艶を放つの鞘に気付き、右手で柄を握ろうとしたが、その手をが抑える。瞬きよりも速く、互いの顔の距離が限りなく零に近付いていた。
「血の気多いなあ…俺っていうの。宜しくね」
「……!?」
「どーも。こんな顔してます」
「……!!」
「また来るよ。それまで俺の顔忘れないでね?」
音を立てずについ、と笑ったの顔が闇に溶け、土方の右手てに冷たい指の感覚だけが残った。
翌日。はもう江戸には居ないだろうと思っていた桂は、またに会って少し驚く。2日連続でを見るなど滅多にない事だ。しかし話を聞いて更に驚いた…というか、呆れたというか。
「お前の考える事は本当に分からんな」
「そうか?ま〜コタローにゃあ分からんかもな〜」
があまりに緊張感のない笑い方をするので、桂は少しむっとした声で言う。
「事の重大さが分かっているのか?俺のように追われる身になるかもしれんぞ」
「だいじょぶだって。あいつ1人だったし、どーせを見たなんて言っても誰も信じねーだろうよ」
「まあ、そうかもしれないが…」
「でもあいつはちょっとビビらせてやったし信じたと思うんだよね。あ〜今頃1人で悩んでんだろうな〜」
腹の底から湧き上がるように面白がるを見て桂は、
「趣味が悪いな」
「そりゃどうも」
「……怖かったのか?」
「は?」
「自分の存在を否定される事が」
「………っはは、」
は言われて一瞬、きょとんとして目を丸くしたが、続いて自嘲気味に笑った。桂は黙ってそれを見ていた。暫く肩を震わせた後、目を細めたまま空に向かって浅い溜息を1つ吐いて、
「…違うよ。ちょっと粋がってたから、からかってやっただけ」
桂は「そうか、」とだけ言って、それ以上何も聞かなかった。
*
それが数ヶ月前の2日間。桂がに会うのはそれ以来だった。彼は土方の事をちゃんと覚えているようで、敵ながらも気の毒な奴だと思う。
「またからかいにでも行くのか」
「んー?…ふふふ」
「お前が1人の人間に固執するなんて珍しいな」
「そうかなあ…あれ?コタローちゃんてば妬いてるの?」
「…何を言うか…土方を気の毒に思っただけだ」
「あはは、敵なのに?」
まあ、が楽しそうだからいいか…所詮は敵なのだし。
夜になり、夕食を終えた真選組の屯所では各自が自由な時間を過ごしていた。壁を数枚隔てた向こう側からテレビの音と数人の笑い声を聞きながら、土方は自室で刀の手入れをしている。打粉をぽんぽん打っていたところで、縁側から入る月の光が遮られて室内が暗くなった。顔を上げると障子越しに人影。驚いたが、隊士の誰かだろうと思い、
「誰だ?」
何も言わずに障子が滑る。今度こそ本当に驚く
「なっ…!!?」
「あ、覚えててくれたんだ?うれしー。ちょっと無断でお邪魔してます」
「お前っ…どこから!!」
手入れ中の刀は柄を外したままで使えないため、横にあった予備の方を掴んで鞘から抜く…が、その腕は振れない。喉には冷たい刃が突きつけられていて、目の前には忘れもしないあの顔。開いた真っ黒な瞳孔に、自分の顔がゆらゆら映っているのが見える。
「アンタの首なんて簡単に飛ぶよ…忘れてもらっちゃ困るなあ」
「、」
「ま、今はまだ勿体ないからね…」
喉から刃が離れるのと入れ替わって、顎にするっと冷たい左手が添えられる。目の前で瞼が落ちたと思ったら、唇が合わさった。冷たい手に反して熱い舌が入り込む。
「…!?」
顔を離したは、余裕綽々の下目遣いで赤い舌を覗かせつつ唇を舐めながら、
「ンー…もうちょっと強くなったら抱かれてもいいかな」
「なっ…!」
「あはは」
我に返った土方が、再び右腕に力を込めて握ったままの刀を振るう。けれどは笑い声だけ残して消え、気付けば縁側に立っていた。
「それじゃまたね」
「
―――…」
気付けば辺りは闇に透けるような静寂に包まれていて、もしや自分は夢を見ていたのかと思わせる。土方は開け放したままの障子の向こうを暫く呆然と眺めていた。『また』の言葉に次を期待しそうになって頭を振り、柔い感覚の残る唇を赤くなるほど強く噛んだ。
*
次の日、届け物があると言って桂が銀時の所を訪れている
「はあァァ!?に会ったのか!?」
「ああ」
「どこだ!今どこに居る!?」
「さぁ…あいつの神出鬼没っぷりはお前もよく知っているだろう」
「ちっくしょーあの野郎…早く金返せよ…!!」
「ああ、それでこんなものを預かったのでな。届けに来た」
「え?金か?」
「これだ」
「ん…?」
桂が差し出したのは、無造作に手で千切られた紙切れ。その上に歪んだ字で、
『 こぎって 100まん 』
「わー100万!…って幼稚園児かああぁァァ!つうか幼稚園児でもこんなの作らねぇよ!せめて肩叩き券とかだよ!!」
銀時の怒りの声が万事屋に木霊しているころ、
「へっくし!!」
高くなった陽に照らされながら川沿いを歩くは、鼻を啜りながら
「あ、銀時は肩叩き券とかの方が喜んだかなあ?」
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2005/2/12 background ©ukihana