天気はいい
 雲が程よく浮かんでて、空は程よく青くて、湿度も程よく高くなく。単純な自分は、これだけで心が弾むはずなのに。歩く事はおろか、重力に逆らう気にもなれずに公園のベンチと一体化。
 とんだ中毒だ
 考えちゃいけない、忘れなきゃって思う時点で、ちっとも忘れてなんかいないわけで。無力な体とは相反して、頭の中は熱が出そうなくらい止め処なく渦巻く。同じ円周上を何度も回って、止めようにも他にすることがない。
「……俺いままでどーやって生きてたんだっけ…」
 教えてくれ浮雲よ



再犯



「沖田さん!!」
 早朝の真選組屯所。青い顔をした山崎が、沖田の自室に駆け込んだ。明らかに今起きましたという風に眠たげな顔をした沖田が面倒臭そうに返す。
「何だィ…朝から騒がしいねェ」
「副長が…副長が居ないんです!」
 その言葉に沖田が凍る。山崎は更に顔を青くして
「……何だって?」
「今さっき朝ご飯を持って行ったら、もう…蛻の殻で…!」
「…チッ」
 舌打ちをして勢いよく起き上がった沖田が部屋を飛び出し、それを山崎が追った。




 賑やかで華やかな夜を過ごした後のかぶき町は、しんと静まり返り。その一角で万事屋のドアが鳴る。
「……あらー、早いのねえ」
 寝起きと言うより寧ろ、今から寝ようとしていた様子の坂田銀時が顔を出した。突然の、思わぬ来客に少なからず驚いたはずだが、表には出さずにとぼけたような事を言う。
「何か用?」
「………」
「上がりたきゃどーぞ」
 喋る気配のない土方に銀時は諦めたのか、来るもの拒まず、とばかりに玄関の戸を開けたまま奥に引っ込んでしまう。少し戸惑った後、土方はその戸を後ろ手に閉めた。


「お茶とかいいよね?どーせ飲まないでしょ?」
 と勝手に決め込んだ銀時は、机の上に何も出さないまま向かい合って座った。土方に反応はなく、そのまま沈黙が流れる。

…コチ…コチ…コチ…コチ

「随分とまあ浮かない顔しちゃって、ねえ」
 時計の秒針の単調な音が聴覚を支配かけた頃、その静けさを銀時が破る。銀時はずっと土方の方を見ているが、土方は一向に顔を上げない。背中を丸めて頬杖をついて続ける。
「あいつが今頃…アンタの事忘れて、元通りにぶらぶら暮らしてるとでも思ってんでしょ」
 土方の目がやっと動いた。無言の内に、そうじゃないのか?と訴えて弱々しく揺れる。銀時は分かりやすい呆れ顔を作ってから、固まってしまった土方を見て少し笑う。
「似てるよ、あんた等。惹かれ合うのも分かる気がする」
 土方の眉間の皺が寄る。そんな様子にまた笑って
「あんた等はさ、人より殻が堅い分…中身は人一倍脆いんだよ」
 土方は視線をずらし、何もない机の上のどこか一点を見つめてその意味を考え出した。何か、掴みかけているような目を銀時が煽る。
「あいつも、ひび割れた殻抱えて藻掻いてんじゃねーの」
 アンタみたいに、と小さく付け足して。土方がはっと顔を上げる。銀時はまだ笑っていた。
「祇園祭でも見てくれば」
 ガララ、と戸が開けられて、
「礼はこの間の金でチャラだ」
 ピシャリ、と閉まったら、銀時は音を立てずに深く笑った。

コチ、コチ、コチ、コチ、コチ、コチ、コチ、コチ

 久しぶりに動き出した土方の体内時計は、今までの空白を取り戻すかのように早鐘を打つ。一刻でも早く、出来るなら飛んで行きたくて、息を切らして走って、なんだか涙が出そうだった。
 名前を呼んだら、振り向いてくれるのか?目が合ったら、笑ってくれるのか?抱きしめたら、抱き返してくれるのか?
そしたら、そしたら…




「あー…頭いてー…」
 脈を打つ度にガンガンと脳内に響く痛みにも、自分の思考は止められないらしい。静かな夜は更に止めようがないから、とにかく賑やかな所に行って、酒で紛らわすのが習慣になっていた。
「…次はアル中か?」
 それでも他に拠り所のない自分の足は、またこうして歓楽街へ向かってしまう。ただ自分の快楽のためだけに数え切れない程の人を斬った昔より、こんなにくだらなくて汚らしい今の方が、よっぽど罪なように思えるのは何故だろうか。



 幻聴だろうか?自分の名前を呼んでくれる人など、もういないはずだ。酒びたりのせいで耳までおかしくなったのだろうか。頭痛の合間を縫って、音の色を確かめようと目を閉じる。
 辺り一面、平らに張った静かな水の上に



 一滴雫が落とされて、水面がまるく波打つように。波は広がるにつれてどんどん大きくなって、ついに飛沫を上げる。

!」
―――!」

待ち侘びたその声は、
忘れられないその声は、

甘くて、

甘くて、

甘くて、

振り向いた先が 天国だろうが 地獄だろうが 構いやしないさ


どこまでも堕ちよう、与えられた手錠

片一方に、きみが繋がれてくれるのなら。


good luck.

最後までお付き合い下さりどうもありがとうございました。
終始自己満足に突っ走った連載となりましたが…お楽しみ頂けたんでしょうか…頷いて下さる方がいたら嬉しいです。

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2005/5/29  background ©CAPSULE BABY PHOTO