「こんばんわー」
「お越しやす。…あら、もしかして…お名前聞いてもいいどすか?」
「?…といいますが…」
「やっぱりはん。お待ちしとりました。こちらへどうぞ」
は江戸を出る前に1度、桂に会っていた。彼は始まりを知っているから、終わりも告げておこうと思って。それと…こういう展開も、ほんの少し期待して。
「…晋助」
「よォ…本当に生きてるとはな」
「お蔭様で」
言われた店は京都の一角。やっと見つけて戸を叩くと奥へ通されて、案の定の再会となった。
仮釈放
小さな和室の薄明かりの中で、高杉は右肘を脇息に預け、左手に煙管を持ち、足を崩してだらりと座っていた。は黙って座敷に上がり、中央の小さな机を囲んだ右隣に座って、徳利から自分で酒を注ぐ。少しだけ啜ってまた机の上に戻し、高杉の方を見た。目を合わせない高杉は、吸った煙を全部吐いてから
「謝らねえぞ」
「…咎めないよ」
返事は意外と早く返って来た。
「フン…目が覚めたか?」
「そうかもな…晋助のお蔭で」
「馬鹿言え」
の方を見ようとしない高杉は、左手の煙管を机に置いて、杯を口まで運ぶ。
「本当さ。あの時晋助と会わなかったらきっと俺…「そうじゃねえ」
言葉を切って、目だけでを見た。
「今のアンタ…あの時よりも弱そうに見えるぜ」
「……そうか?」
「一度味わった蜜の味っつーのァ…中々忘れらんねぇモンだ」
「―それは、」
目を伏せるに、高杉が杯を一気に呷る。
「痛々しくて見てらんねぇ。今のアンタ」
空になった杯を戻して、また煙管を咥える。少し長めに吐かれた煙が、頭を垂れたの前を通り過ぎた。
「もういっぺん斬りたいか?」
「…いや?そんな気にもならねえ。次は本当に死んじまうだろうしな」
「……そう…」
覇気のない返事に、高杉がまた煙を吐く。溜息と混じっているのかもしれない。
*
「副長、晩御飯お持ちしました」
障子も戸も開け放して、背を向けて縁側に立つ土方に山崎が声を掛ける。食事を乗せた盆を机の上に置きながら、動く気配のない土方の背中を見た。
「……副長、ちゃんと食べないと、お体が…」
「………」
「副長、」
「……」
「副長!」
「…出て行け」
「副長!」
「出て行けと言っている!」
声を荒げても、それでも顔は見せないまま。遣り切れない表情の山崎が唇を噛んで俯く。更に言葉を続けようとした山崎がもう一度顔を上げたとき、
「山崎、下がりな」
「……沖田さん」
薄暗い部屋に沖田が割って入り、山崎を外へ促した。山崎は心配そうに何度も振り返ったが、観念したように、失礼しました、と言って襖を閉めた。2人だけになって静まり返った空間で、怒りを込めた声で沖田が切り出す。
「土方さん…いい加減にして下せぇよ」
土方はやっぱり、返事どころか振り向きもしなかった。
「隊士たちの中にも動揺が広がってますぜ。気付いてるでしょう」
「…だったら何で助けた…ほっといてくれよ」
やっと口を割って出てきた声は、発したと言うより流れ出たような力のない音。不甲斐ない態度に沖田の奥歯が軋んだ。
「アンタ……自分が何言ってるか分かってんのかィ!?」
「…ほっといてくれと言っている」
それしか言わない土方に沖田は大きな足音を立てて迫り、動かない肩を掴んでむりやり振り向かせて、胸倉掴んで喰いかかる。土方の目は色を失って、どこを何を見ているのか…少なくとも自分が映っていないのは明らかだった。
「アンタねェ…今だったら、俺がアンタ蹴落として副長になるのも容易いんですぜ?」
「ああ…ならそうしてくれたらいい」
「
――――…!!…ふざけるな!!」
続けて込み上げる怒りに沖田の全身が震えて、抜け殻のような体を突き飛ばす。土方は抵抗する様子もなく、崩れるように倒れ、起き上がるつもりはないようだった。
「どうしちまったんだィ土方さん……」
遣る瀬無くて泣き出しそうになりながら沖田が震えた声を漏らす。頭を抱えて膝を折った。
「お前の方こそどうした総悟。俺の心配なんてガラじゃねえだろう」
呼ばれた名前に、沖田が土方の顔を覗き込む。
「…土方さん、アンタは悪い夢を見てたんでさァ…」
自分が映らないと分かっていても、声だけは届くように、言い聞かせるように言う。それは懇願にも似て
「ンなもん…早く忘れちまって下せぇよ」
土方は頷かなかった。悪いとも、夢とも思えなかったから。
*
「う〜〜〜……」
「おら、しっかりしろ。ったく…情けねえな」
早々に酔い潰れて机の上に突っ伏してしまったの肩を、高杉が揺する。力任せに起こすと、平衡感覚を失った身体はふらふらと揺れて高杉の胸になだれ込んだ。
「んー…」
ツンと鼻につく煙の匂いに引き寄せられて、が高杉の胸を這い上がる。
「?おい、」
そのまま唇まで辿り着いた。高杉は驚いて離れようとしたが、の舌が挑発すると、それに乗るようにしてを下敷きにする。
「ん……」
舌に残るアクのような渋い味と、目に映る髪の黒い艶の色と、少しガサツな骨ばった手の感覚と、染み付いた灰色の匂いと、耳の奥に響く呼吸の音と、
とても似てるのに、少しずつ違う。とても似てるから、違いが際立つ。
トシ
―――
「……!!」
思わず呼びそうになって息を詰めて、高杉を力一杯押し返す。胸に当てられた震える手は、自分を拒んでいるはずなのに、高杉には縋っているように見えて仕方がなかった。
「………」
腕を突っ張ったまま何も言わないにわざと聞こえるように溜息をついて、身体を起こす。仰向けになったままのは顔を覆った両手の隙間から
「……ごめん」
「謝んな」
「うん…ごめん」
「……」
「…ごめん……」
「もういい」
片腕を引っ張って、小さくなったを抱え込む。不規則に上下する背中が規則正しく落ち着くまで、高杉は動かなかった。
底抜けに深く眠るといい。夢を見ないくらいに
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2005/5/23 background ©ukihana