※お友達の苗字()がおかしな所で使われています
※銀魂JC5巻を読まずに書いたので、時間の流れが原作と若干ずれています


 天人の襲来から十数年。江戸の街は至る所が残骸と化し、ほとんどの人間は、これ以上は無駄な抵抗だと気付き始めていた。勝利を確信した天人達の中には早くも地球進出の足がかりとして拠点を作り始めている者もあり、瓦屋根の街並みの中に奇怪な建物が目立つようになる。



為し



 夕暮れ時。全壊した建物の跡地の一角から煙が立ち昇り、その傍らに高杉晋助とが並んで座り込んでいた。
「まわりが俄かに騒がしくなってる…降伏も時間の問題だと思う」
「…ま、元々勝ち目のねぇ戦いだったけどな」
 2人の目の前では、昨日まで仲間だった亡骸がぱちぱちと音を立てて赤く燃えている。それに夕日も加わって、2人の顔は真っ赤に染まっていた。そう言えば、初めての時は最初から最後までずっと泣いてたっけなあとが思う。こんな状況にも慣れてしまっている自分が悲しかった。灰になった骨を、慣れたように掘った穴に埋めて、焼香して手を合わせる。
「もう行かなきゃ」
「…ま、また何か情報入ったら教えてくれや、って桂が言ってた」
「うん、もちろん」


 手を振るが戻る先は、辛うじて威厳を保っている御所。到着すると同僚の幕吏が話しかけてきた。
さんお帰りなさい。また見回りと遺体の処分ですか」
「はい」
「毎日同じことの繰り返しで嫌になりますねえ」
「…そうですね」
「でもまあ、こんな事もあと少しで終わるでしょうから」
「やっぱり、そうですか」
「そうですよ。最近の幕府軍の手の抜きよう、貴方も実感しているでしょう」
「…まあ、確かに」
 突然の天人の襲来に幕府は軍を組んで対抗し、それに各地の剣士の集合体が加勢する形で攘夷戦争は始まった。 幕府軍の一人として参加したはそこで高杉と出会ったのだが、天人優勢の傾向が強まるにつれて幕府は軍の縮小を進め、も元の役人の位置に戻されることになる。最近は天人と直接やり合うのは殆どが攘夷志士で、幕府はその後始末に回るばかりになっていた。幕府が天人との対立激化を恐れているのは明らかで、ここ数日は御所内にまで天人が入り込むようになり、役人の間では、いよいよか、という空気が漂っていたのだった。
「…!」
 廊下の向かいから、偉そうな天人と連れ立って歩いてきた男にが頭を下げる。老中のの父親だった。
「街の状況は如何ほどだ、
「はい…本日は崩壊の恐れのある家屋3軒に注意書きを付した後、5体埋葬してまいりました」
「…ご苦労だったな」
 が一際深く頭を下げると、父親はまた天人との会話を再開し去っていった。遠くなった背中を一瞥する。
「いよいよ大詰めか…」
 父親とはいっても直接血の繋がりはない、いわゆる養子という関係で。今自分がこの職に就けているのも自他共に認める親の七光りだ。厳しい父で、親子らしい会話を交わした記憶はほとんどない。父親の事は志士達には言ってなかった。言い訳をするなら、わざわざ言う事でもないし、特に言う機会もなかったのだが、もしかしたらこれを罪悪感と言うのかもしれない、とは頭の隅で思っていた。




 それから数日。予想通りに事は運び、将軍が天人への降伏を宣言した。水面下ではかなり前から手続きが進められていたし、庶民も志士も、感付いていない者はないようなものだったので、それほど大きな騒ぎにはならなかった。しかし更にその数日後、将軍からのお達しに江戸は騒然となる。
『占領軍の意向に沿い、各地に蔓延る攘夷志士は反乱分子として全て粛清処分とする』
 それに従って再び大規模な幕府軍が編成された。但し今度は、天人ではなく反乱分子を処分する治安維持部隊として。

 今朝の朝礼で情報を伝えられたは、その後すぐに父親の部屋へ走った。広縁から街を見下ろしている背中に向かって、切羽詰った声で
「父上、まさか本当に…」
「我々は将軍の意向に従うまでだ」
「…父上!彼等は国のために命を投げ打って……!」
 珍しく父親に対して声を荒げるに、無言で咎めるような視線が投げられた。
「いいか、ここで我々が天人に歯向かえば、罪のない民衆までも巻き込むことになる」
「志士達にも罪はありません!」
「そうだな…だが国の為に死ねるとあらば彼等も本望だろう」
「………―!!」
 頭部を鈍器で殴られたようだった。は礼儀も忘れて部屋を、御所を飛び出した。


 街の外れ、高杉たちがアジトとしている(というにはいささか粗末な物だが)場所にが駆け込む。
「晋助!桂!あの、あの…!」
 焦ってしどろもどろになるに、桂が落ち着いた声を返した。
「ああ…話は聞いている」
「…ごめん、俺一人じゃ何もできなくて……」
「お前は悪くない。誰も恨んでなどいないぞ」
 そう言いながら桂は荷物を整理する手を休めなかった。その周りでも何人もの志士が忙しそうに動き回っている。奥の方に面倒臭そうな銀時も見えた。
「うん…これからどこへ行くんだ?」
「それは言えんな」
「?」
 桂が手に持っていた包みをどさっと積み上げて、手に付いた塵をぱんぱんと叩く。
「今後一切、我々は敵同士だ」
「!、おい、桂…」
 突き付けられた言葉にが固まる。それを後ろで聞いていた高杉が慌てて割って入った。それでも桂は言葉を続ける。
「事実だろう。幕府は寝返った…そこに仕えるも同じだ。新しい幕府軍にも登録されているんだろう?」
 はっきりと言葉にされてしまった現実に、の言葉が詰まる。今朝発表された治安位置部隊の名簿に記された「」の名前が脳裏に浮かんだ。父の教育で幼少の頃から剣道を叩き込まれたは、剣の腕には定評がある。
 幕府軍、という言葉に周りの志士の視線がに集中され、突き刺さるように痛い。居た堪れなくなったは俯いたまま動けなかった。その背に高杉がそっと手を添え、外へと連れ出す。


 外は暗くなり始めていて、西の空には、夜に呑まれる夕焼けの上に宵の明星が瞬いていた。少し歩いて、ここからは一人で帰るから大丈夫、とが口を開きかけた時、それより先に高杉の声が静かな藍色の闇に響く。
「一緒に行こう。
 突然の言葉に、は理解するのに少し時間を要した。触れそうで触れない距離を保っていた高杉の左手がの右手をぎゅっと掴む。はっとして顔を上げたはいくつもの感情が混ざり合って泣きそうな顔をしていた。
「でも、俺は…」
 薄く開いた唇の隙間から言葉を探すの額に、高杉が口付ける。続いて開いたままの唇にもなぞる様に口付けて、何も言わせないまま抱き締めた。唇のすぐ横の耳に、唇が触れるほどの距離で
「明朝に…ここで待ってる」
 高杉が最後にもう一度そっと唇を重ねると、の目が暗がりで濡れて光った。子供をあやす様にの頭にぽんと手を乗せ、さらさらと撫でて優しく笑いかける。その笑みを残して、の返事を待たないまま高杉は背を向けた。


 残されたは、高杉の姿が見えなくなっても動けずその場に立ち尽くす。
 どうしよう、どうしよう。そりゃ勿論、一緒に行きたいけれど。誰かに背中を押して欲しい。いっそあのまま連れ去ってくれれば良かったのに。


 もう時間も遅かったので、は屋敷に直接帰った。代々幕府の重職を世襲している家の屋敷となればそれは立派なものだ。2階の自室から一晩中外を眺めて、気付けば東の空が白み始めている。
 意を決したようにが部屋を出た。部屋は元々簡素だし、必要な荷物は殆どなかった。下女に見つからないよう廊下をそろそろと歩き、裏の戸口から出ようと角を曲がった所で後ろから鋭い声が突き刺さる。
「どこへ行く、?」
 びくっと大きく肩を震わせて身を凍らせたがぎこちなく振り向くと、
「……父上…こそ、こんな時間に、何を…」
 ここ数日は職務が慌しいらしく、ずっと家には帰っていなかった。それでなくともこの広い屋敷の中では、自らが赴かない限りは父親に会うことなど滅多になかったというのに。微動だにせずに、尖った目付きはを捕らえて離さない。
「質問に答えろ」
 は目を伏せた。目の前の父親を完全に騙せる嘘など一晩考えても思いつかないだろうに、この状態で咄嗟に口を付いて出るはずもなかった。全てを見透かしたように父親が問い質す。
「考え直せ。先代の顔に泥を塗るのは気が引けるだろう?」
 が唇を噛んだ、その瞬間
「…………、!?なんっ…」
 2人の男が背後から飛び出してを抑えつけた。右手は締め上げられ、刀は取り上げられ、いきなりの事に為す術もない。信じられないものを見るように見開いたの目が父親を捕らえる。それは蔑むような冷たい視線を放って、
「出来損ないが。頭を冷やして考え直せ」
 連れて行け、と後ろの男に指示して背を向けた。


 つかつかと急ぎ足で廊下を歩く老中に、側近のが急ぎ足で歩み寄る。
「御老職様、やはりご子息は志士と繋がりを…?」
「どうやらそうらしい。恐らくこの朝に逃げるつもりなんだろう…その前に乗り込むぞ」
「ご子息はどうなさるのです?」
「暫く放っておけ。どうせ一人では何も出来ん奴だ」
 隊を組め、との命令には頭を下げた。


 視界はじわじわと明るくなり、東の建物の間から段々と世界が色づき始めた。順に移動を始める志士の集団の最後尾、高杉は中々その場を離れようとしない。それに桂が半ば呆れたように声を掛けた。
「高杉、時間だ」
「…まだだ」
「もうこれ以上は待てん。は来ない、認めろ」
「違う!絶対来る…は、……「後ろを見ろ高杉」
 冷静な桂が高杉の背後を指差す。黒い人間の群れがザッザと足音を立てながら近付いていた。
「お前が待っていたのはあれか?」
「………なんで…」
「死にたくなかったら腰を上げろ高杉」
「………くそっ!」
 高杉はぎりりと強く握り締めた拳で地を叩いて立ち上がり、血の滲んだ手で横の桂を突っぱね集団の後を追って走り出す。溜息を1つ吐いた桂は距離を詰めてくる治安維持部隊をもう一度確認し、空になったアジトを見回してから高杉に続いた。


 取り押さえられたは、今まで存在も知らなかった薄暗い部屋に放り込まれた。冷たい扉が重低音を響かせて、カチャンと錠の音が響きを孤立させる。
 持ち物は根こそぎ取り上げられて、全くの丸腰。窓は高い位置に小さく1つ。近くに木が茂っているらしく、見えるのは植木とその葉の隙間から僅かに覗く空だけ。食事は1日に少なくても2回、下女が運んできた。盆を持った彼女が扉を開ける瞬間、彼女を張り倒して逃げる事もできただろうか。しかし試みようとしたの勢いは、彼女の後ろに付いている男の鋭い目と、その腰に提げられた刀にあっけなく消し去られた。
 そのまま突進して運に任せる事もできたし、舌を噛む事だってできた。むしろこの何もない空間では、それしかする事がなかったと言ってもいい。それでもはその中で生きていた。それは未来への残された希望だとか、そんな輝かしいものではなくて。今まで決められた道の上しか歩いた事のない彼にできる事は、与えられたこの空白の日々をやり過ごす事だけだったから。




 食べるのは1日1食で十分になり、まさに生きる屍になりかけていた頃。初めて食事以外の用事で扉が開けられる。立っているのはだった。
「出ろ」
「……」
「御老職様がお呼びだ」
 力なく横たわっていたはうっすら開けた目でそちらを見て、無表情のまま再び目を閉じる。終わったんだろうか。みんな無事生き残ったんだろうか。これから俺はどうなるんだろうか―思考は自分の内側だけで渦巻いて、それを出力する術を、彼はもう持っていなかった。



  →口無し
2005/7/25  background ©hemitonium.