よく晴れた昼下がり。半刻ほど前に昼休みが終わり、午後の勤務が始まっている中、非番の土方は屯所の縁側に着流し姿で座り込んでいた。
 風もなく穏やかな空は気温の低さを忘れさせてくれる。膝の上にはよくなついた野良猫。温かな日光をいっぱいにあつめてふかふかに膨らんだ腹を、ペット用のブラシで優しく何度も梳いてやる。


しんせんぐみといっしょ


  ああ…極楽とはまさにこのことだ。天国はこんなに近くにあったんだ…
  ぼくは夢見ごこちで目を細める。あごの下とかお腹とか、首の付け根とか背中とか、とにかく普段足が届かないようなところをごしごしされるともうダメ。全身の力が抜けて、顔も体もふにゃふにゃになってしまう。

  お昼ごはんを食べ終わったあと、今日はお休みらしい土方さんに遊んでもらおうと探していたらあっさり縁側で出くわした。まわりに誰もいないのを確認した土方さんはちょいちょいとぼくを呼んで膝の上に乗せると、ちょっと落ち着かない様子で懐からぴかぴかのブラシを取り出し、お昼ごはんに続いてぼくの至福タイムが始まったのだった。

  全身をくまなく行き来する土方さんの手を目で追うと、ちゃんとしたペット用のブラシが握られている。わざわざペットショップまで買いに行ってくれたのかなあ?裏にワンちゃんネコちゃんのイラストが描いてあるし、柄の部分には足跡のプリントが施されている。こんな可愛らしいグッズに囲まれながらうろうろ品定めをする土方さんを勝手に想像したら胸の奥までくすぐったくなって、ちょっと笑いそうになっちゃう。
「ん?ここか?よしよし」
  あごから胸にかけてを重点的にブラッシングされて、堪らず「ふす〜」と鼻を鳴らして目を細めると、閉じた瞼の向こうで土方さんが笑ったのがわかる。しまった、ちょっとブサイクだったかなあ…

  ひとしきり梳き終わってブラシにほとんど毛がつかなくなったころには、土方さんの着物の方が毛だらけになっていた。土方さんはいつも黒い着物を着ているから、ぼくの薄茶色の毛がすごく目立つ。これって手で払っても中々落ちないんだよねえ…粘着テープとかでペタペタしないと。こないだ近藤さんの刀の先になぜかコロコロが付いてたから、あれを先端だけ借りてくればいいんじゃないかな。
「すっきりしたか?」
  心配して膝から降りようかと思っているぼくをよそに、土方さんはおすわりした状態のぼくを正面から見据えて、鼻が触れるくらい顔を近づけながら両ほほをこしょこしょ撫でる。恋人にするみたいで、なんだかどきどきしちゃう…あ、土方さんって女の人にもこうやってするのかな?そしたらこの人はたいそうモテるんだろうなあ…
  そんな考えも、額をこちょこちょ撫でられるとふにゃ〜っとなってしまって、 そのままなし崩しにお昼寝タイムに突入した。




  まだ日が短い季節なので、とっぷり暗くなった頃になってやっと、本日の勤務を終えた隊士の皆さんがぞくぞくと戻ってくる。それより一足先、陽が沈みかけて肌寒くなってきた頃に土方さんのお昼寝タイムは終了していて、ぼくは土方さんの自室にて猫じゃらしで遊んでもらっていた。驚くなかれ、なんとこれもペットショップで購入したらしい猫専用おもちゃなのだ!いつもみんなに遊んでもらっているその辺の野草とは違って、ヒラヒラする羽とか伸び縮みするゴムとか、音の出る鈴とかが付いている。ぼくは夢中でじゃれついてしまい(もうこれは猫の本能なので仕方ないのだ)、我を忘れて大ジャンプの後の着地をダサく失敗して、土方さんを笑わせたりしていた。
「おーい野良〜!いるかな〜!?」
  うおーー捕まえたー!!とテンションだだ上がりで仕留めた猫じゃらしの先端にネコキックをかましていたところ、どたどたという足音と一緒にぼくを呼ぶ近藤さんの大声が響いてきて、土方さんもぼくもハッと顔を上げた。
  前にも話したけど、土方さんはぼくと遊んでいるところを他の隊士の人に見られたくないと思っているみたいで、まあこんなにグッズ揃えておいてよく言うよって感じなんだけど…。彼のキャラクター的にそうしたいのは猫にも理解できてしまうので、近藤さんに見つかるより先にぼくは土方さんの部屋を抜け出した。

「あっ野良!いたいた〜!」
  お呼びでしょうか?とばかりに現れたぼくを近藤さんは満面の笑みで抱き上げた。最近はぼくがここにいるのが特に珍しくもなくなってきてこんな大歓迎されないのに、今日は一体どうしたのかな?
「山崎、ほら!」
「ああ、ちょっと待ってくださいね、えーと長さは足りるかな…」
  近藤さんはその後ろにいた山崎くんの方にぼくをずいっと差し出した。山崎くんは手に持った紙袋からゴソゴソと何か紐のようなものを取り出して、長さの心配などしたうえそれを持ったままぼくに手を伸ばしてきた。えっ、なになに???
  山崎くんは真剣な顔でぼくの首元で手を動かしている。後ろの近藤さんからも妙な緊張感が伝わってきて、ちょっと怖かったけどぼくは抵抗せずにいた。

「―できました!どうでしょう?」
「おおー!かわいいぞ〜野良ちゃん〜〜」
  山崎くんの顔がぱっと明るくなったかと思ったら、ぐりんと体を反転させられて向かい合った近藤さんにごっしごっし頬ずりされる。なんだなんだ??首に何か付けられたような感覚はあるんだけど…??
「なにやってんだ近藤さん、ガキのオモチャじゃねーんだぞ…」
  ぼくがキョトンとしていると、いかにも今気づきましたというような様子で土方さんがやってきた。着物についたぼくの毛もキレイに取り除かれている。コロコロしたのかな?
「いやー、こないだ悪漢事件で相談に来た子いただろ?その後どうかと思って今日見舞ったら、親御さんがご丁寧に菓子折りくださってなあ」
「その箱に真っ赤なリボンが付いていたので、野良ちゃんに付けたら似合うんじゃないかと局長が…」
  ほうほう?ということは、いま僕の首に付いているのはその真っ赤なリボンということで…?
「あっ、野良ちゃん自分じゃ見えないな?鏡かがみ!」
  相変わらずキョトンとしているぼくを気遣って、近藤さんが抱きかかえたまま洗面所まで連れてきてくれた。(男ばっかりだから、こことトイレにしか鏡がないんだよね…)その薄汚れた鏡に映った自分の姿に、ぼくはそのままの意味で目を見張った。きゅっと目が縦に広がって、瞳孔がぶわっと広がる。

  すごい、飼い猫みたいだ

  おまけのリボンだって、豪華な装飾付きの首輪だって、猫にとったらみんな同じ。こういうおしゃれができるのは飼い猫だけだって、暗黙のルールがあるのだ。ぼくはオスだし、別にしたくもないって強がってきたけど、いざ付けてもらったらこんなにも嬉しいものなんだなあ…。
  近藤さんは土方さんの言う通り、本当にちょっとのおふざけのつもりなのかもしれないけど、この人のこういう悪ふざけは、される方も、それを見ている方も、なんとなく心が和む。それは今回だけじゃなくて、いつも思ってること。
  土方さんはぼくが嫌がると思って近藤さんを諌めてくれたんだろうけど、鏡の前で大人しくしているぼくをすこし離れたところから見て、意外そうに目を丸くしていた。




  きょうも気持ちのいい冬晴れ!いや、正確に言うと薄曇りなんだけど、こういうのは気分次第でどうにでも変わるものだ。朝が待ちきれなくて、ゆうべはあんまりよく眠れなかったなあ。早々に屯所を出たぼくは、上機嫌で街へ繰り出した。
  とことこ歩いて商店街に入ると、呉服屋の大きなウインドウを通りかかった。ふと見やると、透き通ったガラスに映っているのはしゃれたトラ猫。こげ茶の毛並みに鮮やかな赤いリボンがよく映えますね。リボンのフチに細く金のラインが入っているのも高ポイントです!
  自画自賛のぼくはますます嬉しくなって、気持ち背筋を伸ばして、顔を上げて、いつもより何倍も美しく歩いた。

「あ!!!」
  キメ顔を保つのにちょっと疲れてきていたところ、なじみのある声に呼ばれて足を止めた。声のした方を振り向くと、原チャリにまたがった男が片足を付いてこちらを振り返っている。角度からして、走っている最中にぼくを見つけて停まってくれたみたいだ。
  銀さんひさしぶり!ぼくは人混みをかき分けて走り寄り、原チャリのステップから銀さんの膝に飛び乗った。
「ンーよしよし…お前最近来ないじゃん、どこで何して……」
  ゴーグルを上にずらした銀さんはぼくを抱え上げてわしゃわしゃ撫でてくれる。銀さんのちょっと乱暴な抱き方と撫で方、なつかしいなあ〜。こういうのって性格出るよねえ、とぼくがニコニコしていたら、ふと銀さんの手が止まる。
…なんだこれ」
  低い声色に違和感を覚えて細めていた目を開けると、銀さんはぼくの首元を凝視していた。あ…まずった…と、ぼくが思考を巡らせる間もなく
「誰に付けられた!?」
  鼻先をずいっとくっつけて、真剣な形相で迫ってくる。ぎゅっと力を入れて握られて、前足の付け根が痛い。陰になった薄暗い視界で、色素の薄い銀さんの灰色の目だけが鋭く光って、ぼくは初めて銀さんが怖いと思ってしまった。
  身動きが取れないまま怯えた様子のぼくを膝の上に下ろすと、首元に手を掛けてきた。リボンを外そうとしているのだと咄嗟に理解したぼくは毛を逆立てて、
「フーッ!」
  顔にしわを寄せて歯をむき出して、そして、銀さんの手をちょっと引っ掻いちゃった。

  ぼくは今まで何をされたって、銀さんに爪を立てることはなかったんだ。そもそもぼくが嫌がることを銀さんがほとんどしないからなんだけど、このあいだお風呂で洗ってもらった時もそうだったでしょ。
  今度は銀さんが固まってしまったので、その隙に膝から飛び降りる。ぼくは罪悪感に押し潰されそうになって、振り返りもせずに一目散に走り去ってしまった。

だって、ひどいじゃないか。ぼくの気持ちも知らないで。
ぼくは銀さんの飼い猫じゃない。それなのにこんなときばっかり…

  真選組の人たちは、おいしいごはんもくれるし、屯所に行けばだいたい、いつでも誰か遊んでくれるし、こうして素敵なプレゼントだってくれる。名前は適当だけど、ほんとの仲間みたいに可愛がってくれる。
  なのに銀さんは、ぼくが遊んでほしいときに限って仕事で家にいないことが多いし、ごはんは、残飯…だし。命の恩人で名付け親ではあるけど、だからってあんなに怒ることないのに。

  しばらく走ったところで足を止める。原チャリの進行方向とは逆に逃げてきたし、ここまで来れば追い付かないだろう。そもそも自分を引っ掻いた野良猫を追いかけたりなんか、しないかもしれないけど…。
  すっかり気分が塞いでしまったぼくはもう胸を張って歩く気にもなれず、首のリボンには申し訳ないけど、結局いつもみたいにとぼとぼ歩いた。適当に差し掛かった薄暗い路地で物陰に忍び込んで、通りを往来する雑踏をうつろな目でぼんやり眺めては、はやく今日が終わればいいのにと思っていた。



11年越しです。びっくり。一応、当時のメモをベースに書いてます

≪こんどーさん   もどる  おひさま≫

2018/9/16  background ©hemitonium.