「あれ、副長どちらへ?」
「あァ…ちょっと散歩してくら」
「そうですか…お気をつけて」
「夜遊びも程々にして下せェよ副長サン」
「ちょ、沖田さん!」
「……分かってる」
「いってらっしゃい…」
確信犯
屯所を出ていい加減歩いた。何度後ろを振り返ったことだろう。前から、夜間外出は多々あったし、今更怪しむ奴も居ないだろうが…総悟あたりは本当に、何するか分かったもんじゃないからな。橋の真ん中に差し掛かったところで、やっと足を止める。
「…これで本当に来んのか?」
懐から取り出す、俺と、あいつを繋ぐ唯一の存在。そっと、口付けをするように口に含む。
辺りは相変わらずの静寂
「―馬鹿か俺は…江戸に居るかどうかも分からねーのに」
期待してしまった自分が恥ずかしくて、隠すようにまた懐に仕舞った。ため息を吐く前に少し深く息を吸ったら、
はさばさばさ
「!!うわっ…!あ、やっぱりコイツ…」
足に赤い印が付いている。
「で…これでどーしろってんだ…?」
伝書鳩じゃあるまいし。しばらく周りをひらひら舞っていたが、少しして橋の手すりに止まった。……やっぱり可愛くない。
「…あ!ちょ…待て!」
少し距離を置いたままじっと横目で見ていたら、いきなり飛び出した。慌てて後を追う。
「…まさか、あいつが…が呼んでんのか?」
ということは…付いて行けばに会える?憶測なのに、そう考えただけで足取りが軽くなる自分が可笑しい。コウモリのアクセサリーが赤い糸に見える、と言ったら笑われるだろうか。
橋を渡り切って、細かい路地を右に左に。夜に映える赤い印だけを見て走ってきたから、道順なんて覚えていない。覚える必要なんてない。あいつに会えたらそれでいいし、帰れなくなっても構わないとすら思った。
「!」
細い道から一転、見た事のないような一本道に出た。急に視界が開けて目が眩み、唯一の手掛かりを見失って焦る。親を探す迷子の子供のように、必死になっている自分は本当におかしい。
「トシ」
透き通った空気に響く甘い声に、来た道を振り返る。暗がりの中でよく見えなくても、間違いなく。迷わず、再び、闇に飛び込んで
「
――!」
「…よく来たね」
一頻り、全身で存在を確かめてから、黒に慣れた眼に映す。
「本当に会えた…」
「うん、夢みたいね」
「は会いたくなかったか…?」
「いーや?…だからそんな哀しそうな目しないでよ」
母親みたいな笑い方で、優しく頬を撫でる。甘えたくなる。甘えたら、本当に甘いのも知っている。
*
「この前も思ったけど、トシのキスってヤニの味」
「…嫌いか?」
「いいや、好きだよ。なんか俺も煙草吸ってる気分になれる」
「吸わないのか?」
「…んー、俺肺弱いの」
さらっと言ったけど、人に自ら弱点晒すなんて初めてだった
「そうか…」
「ああ、いいよ。気ィ遣わないで」
「いや、いい」
「口寂しくない?」
「お前がいるからいい」
「……今のは…」
「スベった?」
「いや?最高の殺し文句」
「…なあ」
「んー?」
「次はいつ会えるか…聞いていいか?」
「そうだね…しばらく江戸にいるよ。多分」
「そうか」
確かに、そう言葉を交わしたはずなのに。あれからどれくらい経ったんだろう。生憎、時計も手帳も持ち合わせていないし、あの夜の月も覚えていないから、自分に知る術はないのだけれど。気が遠くなるほど長く感じてしまう。待ちくたびれてしまう。元々、俺は待つ立場には慣れてないんだ。
「暇だねえ?」
可愛いペットは、先程捕まえてきたらしい蛾で食事中。構ってくれない。
「トシ……」
そう呟いた自分は、きっと女みたいに悩ましげな顔してるに違いない。
*
よりによって、なんでこのタイミングなんだろう。天人の幹部の元に脅迫文が届いたとか、下っ端が何人かやられたとか。ここ数日、真選組は慌しくも緊迫した空気に包まれている。
「副長…大丈夫ですか?」
「あァ…」
「僕に手伝える事あったら何でも言って下さいね?」
「あァ、分かってる」
背を向けたまま作業を続けると、襖が静かに閉まった。しかし少し間を置いて、また背後から音がする。
「山崎、用があったら呼ぶから暫く一人にしろ」
「………」
「山崎?」
椅子をキィと鳴らして振り向くと、
「―!」
「ごめん、来ちゃった」
「いや…大丈夫だったか?」
「うん。…会いたかった」
膝の間を割っての体が滑り込む。
久しぶりの感覚に、体の熱が芯から急上昇した。
「悪い、最近急に仕事が忙しくなって…」
「うん、ごめんな、邪魔して。顔見たかっただけから」
の体が離れたが、立ち上がって繋ぎ止める。逃がすものか
「いい。俺も…会いたくてどうかしそうだった」
「ん…仕事、終わってから…」
「気にすんな」
「…いいのか?」
「ん」
お前より優先するものなんてない。
「山崎、美味そうなモン持ってんじゃねェか」
「沖田さん…いや、これは副長に」
「チッ、なんでェ」
「もー、副長はここ最近ロクに寝ずに働いてるんですからね!」
「分かってらァ」
「副長、夜食―…あれ?」
「へェ」
「どこか…息抜きに散歩でも行ったんですかね…?」
「まァ…適度な息抜きならいいんだけどねェ…」
「え?」
「いや…何でもねェさ。それ食っていいかィ?」
「あ、ちょっと沖田さん!…もー」
「いいじゃねぇか。どーせ朝まで帰って来ねェさ」
*
何故こんなに惹かれ合うのかって、お互いきっとよく分からない。ただ、思春期の子供みたいに、愛しくて、恋しくて堪らなくて。まるで世界が2人だけになってしまったかのように、互いだけに激しく縋る。
2人、砂漠で迷子になったように、喉が、心がカラカラに渇いて。どれだけ飲んでも、求めても、重ねても。ちっとも足りやしない。それどころか…求める度に、重なる度に、渇きが酷くなっているようにも思えた。
子供じゃあるまいしと鼻で笑うのも、そんなものに聞く耳など持たないのも、これが本当の愛なんだと背伸びして分かった風に装うのも、すべて自分
過去の自分が崩れて行く音も聞こえていたけど、それを止める気にはならなかった。
振り向く余裕なんてない
コウモリの羽音に導かれて、ただ、真っ逆さまに
―――
BGMは山下達郎のFOREVER MINE、というかこの話が全体的に「東京タワー」くさい
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2005/3/19 background ©CAPSULE BABY PHOTO