Change



「(出ない…)」

ひとりで寝たくない夜が増えた―いや、数はきっと変わっていない。
ひとりで寝たくない夜を、我慢できなくなったんだ。

「(んー、もう少しかな)」

俺によく似て怠け者の携帯電話が等間隔で鳴り始めてから…20秒は経ったろうか。
着信音は買ったときに設定されていた目覚まし時計みたいな音のままだ(設定をいじるのが面倒なので)
目の前で放っておくと、神楽が襖の隙間から寝ぼけた顔で「うるさいアル」とか言ってきたけど流した。
聞いた話によると今の携帯じゃ伝言メモとかいって、一定時間呼び出すとメッセージを録音できる機能があるらしい。
もちろん俺は使ってないけどね(設定をいじるのが面倒なので)だから呼び出しは出るか切るかまで永遠に続く。
ソファにずっしり座ったまま、テーブルの上で90℃折れ曲がった携帯電話との睨み合いは続く。
光りっぱなしの画面には「」の名前の後に11桁の数字。そういえばこのランプ?の色も設定できるらしいね。
個別に変更もできるとか?まあ、もちろん俺は使ってないけど(設定をいじるのが面倒なので)
っていうのも、このあいだ約束通り、久々に2人であの店に行ったんだ。もちろん行く時間はずらしたけど。
店主は喜んでサービスまでしてくれたよ。は最初照れてたけどね(可愛いと思ってしまった)
で、酒が進むうちに「銀は携帯が使いこなせてない」とか言いだして、そのランプの話題になったんだ。
その拍子にあいつが「俺は銀のだけ白にしてるよ。髪の色と同じ」とかぽろっとこぼしたわけ。
聞いた俺が「え」みたいな反応してるの見たら、咄嗟に我に返って顔赤くしてたっけな。
それを突っついたらさ、酔ってるせいだとか、暑いからだとか、おっちゃん冷房ちゃんと入れてよ!だとか…
さすがにあれは計算じゃないよ…天然だよ。恐ろしいよね、思わずその場で抱きしめちゃおうかと思ったもんね。
おっとかなり話が逸れた。え?のろけ?いやまさか、違う違う、そんなんじゃないって。
それよりそろそろ電話出ないとね。焦らしはこれくらいで十分でしょ。

「…あ〜ぃ」

もう何度目のコールか分からない。トルルル、って音が途切れる度に心臓が跳ね上がりそうだった。
時間もそれなりに遅いし、寝てしまったのかもしれない。あと5回で出なかったら切ろう。
あともう5回、あと3回…で、ついに切ろうとしたとき、トル、で音が切れて、
ブツッという無機質な音と同時に俺らは繋がる。今度こそ本当に心臓が跳ね上がった。
あからさまに眠そうな声だったので、遅くにごめん、と謝ると、こっちこそ遅くなって悪ぃ、寝てた。だって。
やっぱり寝てるとこ邪魔しちゃって迷惑だったろうか、再び謝ると軽く宥められて用件を聞かれた。
自覚してることだけど、俺は、この、銀の「どした?」っていう台詞にすごく弱い。
ちょっと笑ってるみたいに言うんだ。それがすごく優しくて。電話だと耳元で聞こえるから、特に。
多分、銀は普通に喋ってるだけなんだろうけど…だからこそいいんだよ、自然で。

「えっと、その…会える?…今から」
「あー…」

よし。俺の「どした?」攻撃は今宵も絶好調。顔は見えないけど、ちゃんと笑って言わなきゃ完璧にはできないんだぜ。
どことなく漂わせる眠そうな雰囲気もばっちりだと思う。その証拠にほら、「会いたい」の一言があんなに言いにくい。
ちゃっかり聞き耳立てていたらしい神楽が再び内側から襖を空けて「銀ちゃんの嘘つき」とか言っているが、
お子様は早く寝ろ。と目で語りつつ右手をシッシと払う。訝しげな目はそのままに襖は閉まった。
それを確認した俺は言葉を濁しながら、背凭れをずりずりと伝ってソファに横になった。俺は眠いの。リアルでしょ?
因みに、今から会うことに関して異存はまったくない。相変わらず明日も仕事は入ってないし。
でもまあ、ここですんなりとは行かないでしょうよ。銀さんがそんな勿体無いことするはずないでしょうよ。

「明日仕事入っててさー、珍しく大口なんだよ」
「…そう」
「ああ、でも明後日だったら何もないから、それでよければ―『ブツッ』

やっ…やった!今回ばっかりは俺が先に切ってやったぞ!なんかいつもやられてるのとは違う気がするけど!
だってここは怒っていいだろ?俺は今会いたいんだ。それに俺が今までどんだけ仕事を後回しにしてきたか、
知ってるくせに。自分の場合には仕事優先ですか!都合がいいにも程がある。うん、怒っていいんだ。
むしろこーゆう一面も見せなきゃダメだよ。思えばここんとこ言いなりになり過ぎてた…気がするし!
舐められちゃいかん。せいぜい明日は俺のことを心配しながら仕事するんだな!あわよくばミスでもするといい!
フンッ、と鼻を鳴らして携帯を枕元に放った。うつ伏せの体勢からごろんと回転して、薄い夏用の掛け布団をかぶり直す。
無理やり勝ち気に浸ったはいいけど、状況はなにも変わっちゃいないんだった。そりゃ、ちょっとは声も聞けたけどさ…
さっきまでの会話がむしろ静寂を引き立てて、スタンドライトの下の置時計の秒針の音がやたら耳障りだ。
こんな夜は、今までどうしていたんだっけ。
羊を数えたんだっけ。本を読んでるうちに眠くなったんだっけ。ストレッチでもやったんだっけ…
けどどれも実践する気にはならなくて、肌はひたすら銀を求めてしまう。いけないって、分かってるのに。
だめ、会いたい、だめ、会いたい、の繰り返しでおかしくなりそう。涙が出てきたから、既におかしくなってしまったのかも。

ブロロロ…

歩いて行くには遠い距離だし、タクシー使う金もないから原付で来た。ちょっと音が心配だが、
は俺が実際に原付乗ってるところを見たことがない(乗ってるのは知ってるけど)から、多分大丈夫だろう。
駐輪場の隅っこに停めて、目指すはもちろん。手の中で金属音がじゃらりとくぐもって響いた。
誰から貰ったか忘れたが、どこか旅行土産で貰ったキーホルダー。ぶら下がった鍵のうちの1つはピカピカの新入りだ。
鍵穴に静かに挿して、ゆっくりゆっくり回す。カチャンと鍵が開く瞬間の音はどうにも避けようがなかったが、
ゆっくり回すことで「カ、チャン」と音が分散して、まあそれなりに静かに解除成功。盗賊みたいな気分。
ドアを開けるのにもかなり神経を集中した。だいぶ遅い時間帯だから大丈夫だとは思うが、
今この時点で住民の誰かが通りがかったりしたらかなり気まずいことになるな。
スローモーションどころかコマ送りくらいの速度で、どうにか部屋に入ることができた。音はしない、大丈夫、起きてない。
忍び足でフローリングを通過し、部屋を隔てているもう1枚のドアも慎重に開ける。部屋は真っ暗、奥にあるのがベッドだ。
目もだいぶ慣れてきたところでひょいと覗き込むと、こちらに背を向けて、窓際を向いてスースー寝ていた。
さてどうしたもんかねーと一度腕を組んでから、まあスタンダードに行くか、と、掛け布団の端をちょいと摘みあげた。

「……ん、」

…あれ、気付いたら寝てたみたい。なんか夢見てたような気がする。どれくらい寝たかな、まだ暗いや。今何時…?
寝ぼけ半分の頭でむにゃむにゃ考えて、まとまらないまま再び瞼が落ちようとしていたとき、違和感に気がついた。
なんか、背中があったかい、ような?気のせいかなあ、今夜も寝苦しいって言ってたしテレビで…
もぞ、と小さく身じろぎしたところで更に気付いた。自分の体の、腰から腹に巻きついてるの、これ…腕!?

「!!!?」
「あ、おはよー」

驚きのあまり声も出ないという様子だった。まあ当然だよね、1人で寝て起きたら隣に人がいるなんてね。
ものすごい勢いで振り向いて、しばらく固まってたな。
にこにこ笑って、俺が「来ちゃった」とか言うと、途端にほろっと表情を崩してぎゅうぎゅう抱きついてきた。
抱きつくのに一頻り飽きると、なんとも性急に今度はキスをせがんでくる始末だ。
それにひとつひとつ落ち着いた素振りで答えながらしかし俺は内心、参ったな、と頭をかいていた。
本来ならここは、一晩焦らして明後日に、ってのが俺流なんだ。けど、我慢できなくて来てしまった。
寝起きということで朝と負けず劣らずいい反応をしてくれる腕の中の可愛い奴に、気付けば夢中で貪りついている。

「ぎ…ん、会いたかった」

もう、思う壺じゃないか。完全に振り回されている。悔しい。のに、この快感は何なんだ…
嵌っちゃってるなあ、と思うのだけど、爆発した感情はどうしようもなく手に負えない。
息を乱してその逞しい首筋に額を預けると、凸凹がピタリと組み合うパズルのように、
この匂いに、温度に、感覚に、ひどく落ち着いてしまうのだった。

、ちゃんと言うこと聞いて」
「…うー、」

数えるのも面倒、多分両手でやっと足りるくらいだが、いざとなったときは未だに嫌がる仕草をやめない。
はじめのうちは無意識にやってんだろうなと思って気にしないでいたけど最近、
それを叱ってちょっと強引に組み敷くのに熱くなってる自分に気がついた。いや、もともとエスの自覚はあったけど。
まさかこんなとこまで…ってことはもしかして、計算内―?でもそんな難しいことできるだろうか、こいつに?
そう考え出すとなんだかコレも、挿れてるというより挿れさせられてる、ような気分になってくる。
そもそも抱いてる、のではなくて抱かされてる、のかもしれないし?踊らされてるのは、もしかして―
そこにちょうど快感の大波が押し寄せて、それ以上の思考はすべて渦に巻かれて消えてしまった。



デスクでモニターと睨めっこしていると、隅に置かれたキーホルダーが目に入って思わず手にとってしまう。
このあいだ、銀に貰ったやつだ。
目ざとく見つけた俺が「いいなあ」って言ったら「こんなオンボロでもいいのか?」って言うから、
「むしろ使い込んであるのがいい」って答えたら「しゃあねーなあ」とか言いながら付け替えてくれた。
大きめのリングに複数鍵が付けられるようになっていて、それが革の装飾にくっ付いている。
厚手の革にはなにか文字が掘り込んであったようだけど擦れて読めなくなっていた。
誰かから貰った土産もんだって言ってたし、たぶんどこかの地名だと思う。
しばらく手の中で転がしていて気付くのは、ついてる鍵が2つだけじゃどうにもカッコがつかないということ。
仕方ないんだけどね、俺が持ってるのは家のと、たまに近場の買い物の時に乗る自転車の、くらいだから。
でも銀は家と原付と合鍵以外にもよく分からん鍵をじゃらじゃら付けてて、それで余計かっこよく見えたのかもしれない。
こんな、物にまで思い入れ持つようになっちゃったらお終いじゃんか、俺…
でも銀だって、まんざらでもないところあると思う。時々あれっ、て感じることがあるんだ。
もしかして俺も銀も、たいして変わらないんじゃねーのって。
こんなこと言って結局最後に痛い目見るのは俺、なのかも、しれないけどさ―
ずいぶん長いこと使ってたもんだから、なくなると結構違和感があるな。
っていうかほとんどはかっこつけの為につけてたやつで、使い道なんてなかったんだけどね。
だからいざこうなると残るのは家用と原付用と、合鍵、だけだ。他のよくわからんガラクタは処分。
これだけなら別に扱いには困らないし。家の中で適当に見つけたリングで繋いでおいた。
ああ、だいぶスッキリしたな…。ぽいっと放ると、テーブルの上でガチャンと派手に鳴る。
うーん、どうもおかしいな。どうせいつかは捨てるんだぜ。なにをそんなに固執してるんだ…俺は。

HOLD or CHANGE? しけたカード寄越すんじゃねえぞ




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2006/7/18  background ©CHIRIMATU